踵を返し、水の張った洗面器を蹴らないよう注意をしながら寝室を出た。
 

狭い廊下をぺたぺた歩き、リビングの扉をちょっとだけ開ける。

中から話し声が聞こえた。

テレビの音じゃない。


二つの声音は、各々男女のもの。

テーブルを囲んで駄弁っている一人は見慣れた女性の後姿。
もう一人は、見知らぬ男性の横顔。
 
 
けれど何処となく面影を感じさせるそいつは、俺の「坂本。起きたのね」
 

びくっと肩を震わせ扉から数歩、後退してしまう。

お構いなしに扉を開ける秋本は俺の両手首を取ると、「もう平気?」わざわざしゃがんで視線を合わせてきた。

平気かどうかは分からない。ただ体が元通りになったのだから、きっと大丈夫なのだと思う。

 
その意味合いを込めてうんっと頷くと、「心配したんだから」泣きそうな声音で見つめられた。
 
 
少しばかり居心地が悪くなる。

だけど、俺の意思で消えたいと思ったわけじゃないから、なんて返答すれば良いか分からない。

ダンマリになって思考をめぐらせていると、彼女から助け舟を出してくれた。


「遠藤がね。貴方を車で運んでくれたの」


私にも連絡を入れてくれたの。だからお礼を言いなさいね、そう言って首を捻る。

彼女越しにリビングを確認すると遠藤学(アラサー版)、親友と呼ぶべき人間の双眸がこっちを向いていた。