「悪い悪い、姉弟だよな。お姉さんって昨日は呼んでたし、何かあった時のカモフラージュとして外ではお姉さんって呼ぼうかな」
そう返せば、「姉さんもねぇ」変な気分だと秋本。
嫌でも歳の差があるって思うじゃない。
聞こえない前提の独り言を耳にした俺は、
「アラサーのお姉さんで決まりだな」
言うや否や、手を振り払って彼女から逃げる。
勿論彼女は微笑ましいと思うわけもなく、「坂本!」あんたぶっ飛ばすわよっ、このクソガキ!
教師らしくない悪態を吐いて俺を追い駆け始めた。
「あんたを相手にしてると、マジ、うちの生徒を相手にしてる気分よっ。ちょ、待ちなさいって! クソガキ!」
「クソガキだなんて先生コワイデスヨー。そりゃあ俺、15のピッチピチ中学生ですけど?」
「うざっ! さっきまでビィビィ泣いてたくせに!」
「もう忘れた。俺、トリ頭だから」
向こうから聞こえる怒声に一笑して、俺は石段を駆け下りる。
今はなんで此処にいるのか分からないし、どうしてこうなっちまったのか、原因も分からない。俺が生きているのか、はたまた死んでいるのか、真相も分からない。
だけど、ひとつはっきりと分かったことがある。
それは15年後の世界で確かな居場所を作ってくれる奴を見つけたってこと。
そいつは俺の失恋相手であり同級生、15年後教師という道に進んだ片恋相手。
こいつといると何故だろう、自然の、有りの儘の俺でいられる。
おかしいな。
あの日、失恋したってのに、素の自分でいられるなんて。
「秋本、おっせぇぞ。お前、中学の時はもうちっと足が速かったのに…、歳か?」
「一々うっさいわよっ。これは単なる運動不足だっつーの!」
もしかしたら俺は幽霊かもしれない。
けど今、俺は15年後の世界で確かに秋本桃香という女と巡り会い、そして一日という時間を過ごして終えようとしている。
⇒3章