「坂本。あんたさ、此処にずっといてもいいのよ」

「いや、それは悪いし」


ドライヤーの電源が落とされる。

静まり返るリビングにはテレビの音しか聞こえない。

櫛で髪を梳いてくれる秋本は、「いいのよ」やけにしおらしく繰り返した。
 

「あんたみたいな馬鹿を世話できるの、私くらいでしょ。いいわよ、一人くらい養えるし」

「ヒモみたいな言い方するなよな。現実を見てみろって。そうなったら俺、確実なヒモだぞ。失踪事件を起こしてるなら、働けるわけでもない」


「―――…いいんじゃない。それも」


よくないだろ、それ。
 

俺のツッコミは喉元で止まった。
だって振り返った先にいる秋本、やけに子供っぽく笑うんだぜ。


お前は本当にそれでいいのかよ、ヒモだぜ、ヒモ。意味分かってる?


唖然とする俺を余所に、

「さ。行きましょう」

ドライヤーを片付ける秋本は、ちゃっちゃかと支度を始める。


キャップ帽を投げ渡して早く行動しろと急かされたから、俺は重い腰を上げらざるを得なかった。
 

15年後の秋本は、びっくりするくらい面倒見が良い。

教師だからだろうか?