「くっそー、貸してくれた、これ。完璧女物じゃねえかよ」

 
ジーパンはどうにかなるけど、上のシャツの可愛らしさに俺は嘆きたくなった。

シャツの表面に印刷されているイラストもロゴも、お可愛らしいことお可愛らしいこと、

俺には不似合い極まりないだろうな。


広げたシャツと睨めっこしていた俺だけど、世話になっている手前、文句は言えなかった。

サイズ的にもピッタリだしな。


あんまグズグズとしていても、秋本に怒られる。早くシャワーを浴びよう。



「そういえば今日は火曜って言ってたな。
おかしいな、俺のいた世界は金曜だったから今日は土曜になる筈なんだけど……、日付は変わらないけど曜日は変わっている。

やっぱり、未来に来ちゃったのかな」



何気ない気持ちでカッターシャツのボタンを外していた俺は、ふっと視界の端に映る洗面所に目を向ける。

備え付けられている鏡を一瞥して視線を戻す。


直後、更に視線を戻して洗面所の鏡を覗き込んだ。
 

多分、今の俺は驚愕の二文字を表情に貼り付かせているだろう。


なんで“多分”なのか、


それは俺が自分で自分の表情を確かめられないからだ。



「うそだろ」
 


鏡面の世界に俺が映っていない。

反転した浴室が映っているだけで、人間の姿がこれっぽちも映っていない。


こんなことってあるだろうか。
 

「俺」死んじゃってるのか、だから鏡に映っていないのか、怖くなって胸部に手を当てる。

トックントックンと手の平を通して伝わる俺の鼓動。

これは生きている証だ。


確かに俺は生きている。

俺の感覚が正常なら、坂本健という男は今、この世界で生きている。筈。