そのまま兄貴の部屋に拉致られてゲーム開始(兄貴の部屋にはゲーム用のちっちゃなテレビがある)。
普段だったら殆どさせてくれない格ゲーをさせてくれた。
兄貴なりの気遣いだって事は容易に察する。
ちっとも対戦じゃあ勝たせてくれなかったけど、それなりにゲームを触らせてくれた。
それが嬉しくって夢中で兄貴とゲームで遊んでいると、一階から母さんに呼ばれた。
どうやら夕飯の時間らしい。
あ、やっべ、夕飯の手伝いしてねぇや。
今日の昼、手伝うって約束したのに。
返事をして兄貴と一階に下りる。
すこぶる不機嫌の兄貴だけど、なんだかんだで家事の手伝いはするようだ。
食器を出して、人数分の皿を並べている。
母さんから父さんも、もう帰宅すると告げられたから四人分、長テーブルに並べられた。
今日は俺の好きな豚しゃぶだ。俺、豚料理大好きなんだよな。
ご機嫌で夕飯の仕度をしていると、父さんが帰宅してくる。
「お帰り」廊下に顔を出して挨拶すると、「ああ」短い返事が聞こえた。
母さんが出迎えている光景に、俺は微笑する。
二人とも、全然喧嘩しなくなったな。
契機が契機だから、申し訳ない気持ちになるけど、あの光景には心が軽くなる。
兄貴にこっそり喧嘩していないことを耳打ちすると、「単純なんだよ」ぶっきら棒に言い放った。
あの事件で絆を深めるなんて単純だと皮肉っている。
で、ちょい決まり悪そうに俺を見て、「悪い」今のは忘れてくれと謝罪。
こういう態度を取られると俺自身も申し訳ない気持ちになる。
「んーんー。気にしてないって。俺、皆に迷惑掛けたってのは自覚あるしさ。父さん、母さん、すっごく心配してくれていたみたいだし」
意味深に眉根を寄せる兄貴に、「兄貴もごめんな」心配掛けてごめん、そしてありがとうを伝えた。
「落ち着いたらさ、いつかまた家族旅行に行けたらいいな。兄貴」
「な?」同意を求めると、「熱でもあるのか?」気持ち悪いと兄貴に一蹴される。
「ひでぇ、俺の真摯な気持ちを伝えたのに!」
ぶう垂れる俺に熱があるなら寝とけと嫌味を飛ばされる。
分かっている、兄貴の照れ隠しなんだってことは。
親が仲良くしてくれる、それは俺や兄貴にとってとても嬉しいことだ。
息子達にとっての一番の願いは、両親が仲良くしてくれること。
今は兄貴も、親に心を閉ざしちまってるだろうけど…、だけど、それは愛情の裏返しだから。
そりゃあぎこちなかったよ。
四人で食卓に着いている時の、あの気まずさと言ったら。
あからさま俺に話し掛けるなオーラを親に放っていたんだ。
親の当事者も弟の傍観者も気まずい。
それでも兄貴って基本的に家族思いだから、片隅では親の事を気にしているんじゃないかな。
15年後の未来では親を拒絶していたけれど、きっと15年後の兄貴も気にしていたに違いない。
絶縁だってできただろうに、兄貴は敢えてそこまではしなかった。
顔は度々見せていたみたいだし。
俺には分かるんだ、誰でもない兄貴の弟だからさ。
「健。明日はお母さんと買い物に行こうか。車を出すから、少し遠出しよう」
「気晴らしに行って来たらいい。…お前も家にばかりいるとシンドイだろ」
俺自身も今、親とはぎこちない面があったりする。
親に気遣わせている面が多々で、それが隔たりを感じたりすることもあるんだ。
けど大丈夫、少しずつ歩んでいこうと思う。
「ん、そうするよ。落ち着いたらさ、今度は四人で出掛けたいな」
次から次に浮上してくる家族問題だけど、もう俺は居場所がないだのなんだの口実をつけて、現実逃避なんてしない。
* * *
俺が学校に行けるようになったのは三週間後のこと。
ようやく親の許可が下りたんだ。
大騒動も落ち着きを取り戻し始めていたみたいだし。
親がついて行こうかと言ってくれたけど、さすがにそこまでしてもらうつもりはなかったから遠慮した。
ただ俺が懸念していたとおり、教室に馴染むには今しばらく時間が掛かりそうだった。
なにせ、クラスメートが腫れ物を見るような目で登校してくる俺を見て来るんだもんな。
単に失踪事件を起こしたクラスメートにどう接すればいいか分からなかったみたいなんだけど…、俺自身は妙に余所余所しいと感じて仕方が無い。
登校報告をするために職員室に赴いた時も同じ反応をされてしまう。
担任の山口がよく来たと普通に振る舞おうとしているけど、その普通が逆に違和感みえみえだったりする。
自業自得といえば自業自得なのかもしれない。
これから馴染むまでに苦労しそうだけど、こればっかしは自力で乗り切るしかなかった。
お互いのためにも俺はまず、保健室登校から始めることにした。
もう暫く落ち着きを要しそうだし、俺自身も1ヶ月も、正確には1ヶ月と3週間、ご無沙汰をしていたせいか、授業範囲がチンプンカンプン。
授業内容がデンジャラス。
お手上げ状態だった。
保健室でマンツーマン授業を受けながら、皆の勉強ペースどうにか追いつこうと思い立ったんだ。
とはいえ、保健室登校もマンツーマン授業も担任の提案なんだけどな。
俺自身は早く教室に馴染んで前みたいな生活を送りたいんだけど、焦っていてもしょうがない。
段取りを踏んでいこうと思う。
こうして不安いっぱいの学校生活(保健室登校)が始まったわけなんだけど、その不安はすぐに解消されそうだった。
午前中、時間で言えば3時限目終了後、保健室に俺のクラスメートが入って来た。
最初こそ生徒が保健室で休みに来たんだと思っていたんだけど、その生徒は四隅で勉強している俺に声を掛けてきた。
顔を上げた俺は呆けてしまう。
声を掛けてきたのは遠藤(中学版)だった。
おっかしいな、1ヶ月前には見慣れていた顔なのに、すっげぇ戸惑いを覚えるぞ。
アラサー遠藤に慣れちまったせいか?
「来れるようになったんだな」
良かったと目尻を下げる親友は、椅子を持って俺と肩を並べた。
「勉強していたのか?」遠藤の問い掛けに、「おう」返事する俺は溜まっている1ヶ月分の授業内容にてんてこ舞いだと鼻の頭を掻く。
何から始めればいいやら、困ったと微苦笑を零した。
「あ。次の時間、体育じゃね? お前、出なくていいのか?」
俺は4限が始まるぞ、と時計に視線を飛ばす。
今、何の授業をしているのか分からないけど、遠藤は体育が好きだからな。
出た方がいいと思うんだけど。
此処にいてもつまらないと思うし。
だけど遠藤は休むと言った。俺は目を剥く。
「どうした?」体育好きのお前が爆弾発言してるぞ、具合でも悪いのか? おずおず尋ねると、「いい」出ないんだとハッキリ告げてきた。
「あのよ…、坂本。その、事件の」
「事件? ……ああ、ごめんな。俺、よく憶えていないんだ。でもお前が俺を発見してくれたんだろう? サンキュ」
ばつ悪そうに視線を逸らす遠藤は、「いや事件じゃなくて」ちなみにお礼を言われるようなこともしていないし、と口ごもる。
じゃあなんだろう?
俺とお前の間で他に話せるタイムリーな話題なんてあったか?
「あのよ」顔を上げる遠藤は、酷いことを言ってごめんっと謝罪してくる。
酷いこと、記憶の糸を手繰り寄せた俺は終えた筈の仲直り会見が始まったのだと気付く。
でもすぐに思い改めさせられる。
俺はアラサー遠藤と仲直りしたけど、同年遠藤とは仲直りしていない。
だから俺も謝った。
「ごめんな」
オウンゴールとか、ヘマとかバッカして、ボーっとしていたと苦笑いを零す。
だけど遠藤は謝罪を受け取ってくれない。
「お前。悩んでいたんだろう?」
家庭の事で悩んでいるって聡さんから聞いて、俺、おれ…、しかめっ面を作って自己嫌悪する遠藤。
俺は頬を崩して、「あのさ」遠慮がちに親友を見つめた。
「お前、俺に何も言ってないじゃん」
言ったのだと視線で訴えられたけど、俺は言っていないと首を横に振った。
「だって、お前が本気で俺に酷いことを言うわけないじゃんか。今度はさ、ヘマしないから…、またサッカーに入れてもらっていいか?」
相手は唇を震わせて、一の字に噛み締めた。
そう時間を置かずに「当たり前だろ」お前がいないとツマンネェよ、スンッと鼻を啜り、気丈に笑って見せてくれる。
「坂本、お前に返したいものがあるんだ。俺の家の郵便受けにCD入れただろ? あれ大事なものだろうし、お前に返すよ。ごめんな…、俺、言い過ぎた」
1996年のお前もあのCDを持っているのか。
ははっ、おかしいな。
じゃあ手元に同じCDが二枚きちまうって。
未来のお前に返してもらったのに、お前が持ってるのはなんでだろう。
2011年のあの未来は消えやしない。
有り得た一つの未来だって、俺に教えてくれているのかもしれない。
「いいんだ。あれはお前にやるよ。スッゲェ心配掛けたし…、ずっと探してくれていたんだろ? ありがとな」
相手の気丈が崩れた。
「だって」お前が本当に消えちまったんだ、探さないわけないだろ、探さないわけ…、ごめんを繰り返す遠藤は胸のつっかえが取れたように嗚咽を漏らした。
「うそだからな」
吐いた暴言は嘘なんだと訴え、俺の体に縋る親友。
体を受け止めて、俺は相槌を何度も打った。
自然と視界が潤むのは1996年の親友と仲直りできた安堵感からか、それとも。
不在だった保健室の先生が職員室から戻って来る。
見っとも無くすすり泣いている男子生徒二人にすこぶる驚いていたけど、気にする余裕なんてこれっぽっちもなかった。
いつまでも1ヶ月と3週間の時間を経て、仲直りできた喜びを噛み締めていた。
その後の給食時間。
遠藤は俺と一緒に給食を取ってくれた。
最初こそ担任に断りも入れず勝手に保健室に根付いていたもんだから、見つかった際はヤンヤン文句を言われていたけれど、遠藤は此処にいるの一点張り。
更に持参していた通学鞄から各教科のノートを開いて俺に見せてくれた。
どれを見てもチンプンカンプンな俺は、「参った」早速音を上げそうになったけど、グッと堪えて一つひとつ壁を乗り越えていこうと思い改める。
だって乗り越えられるような気がした。
「坂本、今しばらくはこっちにいるのか? 教室には来ないのか?」
「来たいんだけどさ。勉強が追いついていないから、マンツーマンで授業を受ける予定なんだ。もう少し落ち着いたら、教室にも顔を出す予定。毎日学校には来てるよ」
「んじゃあ、俺もこっちで勉強しようかな。疲れたら寝れるし」
親友がこうやって傍にいてくれるから、変化した環境でも頑張れる気がしたんだ。
いつの時代も親友は俺の居場所を作ってくれる、大事な友達。
俺は生涯、遠藤の親友だということに胸を張りたい。
「―――…坂本、もう帰るの?」
それはある日の昼休み終了間際のこと。
午前中いっぱい保健室で授業を受けていた俺は給食を食べ終え、遊びに来た遠藤と軽く駄弁った後、帰宅するために靴箱へと赴いていた。
上履きから下履きに靴を履き替えようとしていた時に背後から声を掛けられ、話は冒頭に戻る。
首を捻った俺は、セーラー服姿の女子生徒に目一杯戸惑った。
えーっと彼女は秋本、だよな。
だよなぁ、俺の見知った秋本だ。
けど、アラサーと毎日まーいにち過ごしていたせいか、目前の秋本に違和感を覚えてしまう。
慣れって怖いな。
こっちが本来の秋本の姿だっていうのに、違和感バリバリだなんて。
というか、お前から話し掛けてくるなんて珍しい。
殆ど俺から話し掛けていたよな、この時代は。
質問に答えていなかったことを思い出し、俺は帰ると返答。
まだ学校生活のリズムを取り戻せていない、少しずつ慣らしていこうと思う。
彼女に告げると、「そう」意味深に相槌を打つ彼女は、さっさと帰りなさいよと突っ返してくる。
それってあれか、真っ直ぐ帰れって解釈してもいいのか?