その一声により、母さんは食事の支度へ。

本人は居間で晩酌を開始した。
テレビを見る父さんの顔はやけに疲労している。顔色が悪いようにも見えた。

向かい側の席に腰掛けて父さんを見つめていると、母さんが料理を運んで戻って来る。

母さんも食事はしていなかったようで二人分の箸と皿がお盆には載っていた。


今日の献立は焼き餃子に豚汁か、父さんの好物だな。
 

夫婦はテレビを見ながら淡々と会話を交わしていた。

それは今日の日常だったり、テレビの話題だったり、ご近所のことだったり。


本当にどうでもいいことを会話している。

久々の光景に俺はちょっとだけ嬉しくなった。

俺の知る両親は喧嘩ばっかだったから。


「今度、大橋の子供が結婚するそうだ」
 

父さんと母さんは社内恋愛で結ばれたカップル。
 
だから父さんが同僚の名前を口にすると、「ああ。あの大橋さん」母さんは記憶を手繰り寄せて軽く返事。

もうそんな時期になってるのね、微笑ましそうに目尻を下げる母さんだったけど、一瞬にして表情が曇る。


「健と同い年だったわね。大橋さんの息子さん」

 
ということは30でゴールインね、母さんの問いに父さんは間を置いて頷く。

訪れた沈黙の重さといったら、どう表現すればいいやら。


俺は居た堪れない気持ちになった。


まさか次男が傍にいるなんて露一つ知る由もない両親は、静かに食事を進めている。

「もう15年か」


沈黙を裂いたのは父さんだった。
テレビを見る振りをして、写真立てに視線を流した。