もう明日までに名前を書いて出生届を出さないとダメという日、2人で真剣に名前を考えた。


元々生まれる前にも考えていたけど、字画を調べるとイマイチだったりありふれすぎた名前だったりとなかなか決まらない。


「やっぱり前に言ってた『色』でいく?」


ソウちゃんが『蒼』だから、色の名前がいいって言った事があって色んな色で調べていた。


「うーん・・・」


この時にはあたしは密かに『繋美』という名前を決めていて、どのタイミングで出そうか悩んでいた。


「他は・・・『未来』(みらい)?高柳 未来って何か変だな・・・」


名前辞典を見ながらソウちゃんがブツブツ言っている。


あたしはミルクを飲ませながら思い切って言ってみる事にした。


「実はあたしの中ではもう決めちゃってる名前があるんだけど・・・」


「え?そうなの?何て名前?」


「えーと・・・『ツナミ』って名前。密かに自分では『ツナミ』って呼んでるんだよね」


「ツナミ?」


やっぱりソウちゃんは嵐の『津波』を連想したらしくビックリしていた。


「今、嵐の『津波』を連想したでしょ?」


「他に何があるんだよ。ツナミぃ!?えー、ツナミ・・・ですか?」


テーブルの上に置いてある紙に『繋美』と書いて見せた。


「繋がる事は美しいって読んで字の如くそういう意味だよ」


結構渋ってたけど、「もう決めてる」と言うと仕方なさそうに承諾してくれた。


ツナミが退院してからもあたしは「安静」って事でそれから1週間入院する事になって、ツナミの面倒はソウちゃんとウチのお母さんが見る事になってしまった。



そんなツナミの子育てももう2年が経った。


最初は睡眠不足と疲労で何度も発作を起こして、その度にソウちゃんや誰かがツナミの面倒を見ていた。


だからなのかツナミはあたしよりもソウちゃんにベッタリだったりする。

母親としてちょっと寂しくもあるけど。


2歳になって心配していた心臓の検査をしたら問題なくて2人で大喜びした。




元気すぎるくらいのツナミは今、画用紙に何かをクレヨンで描いている。


ガチャガチャっと鍵が開く音がすると、


「とうしゃん!」


と言ってクレヨンをぶん投げて玄関まで走って行った。


「ツナミ、ちゃんと片付けてよー」


なんて言っても聞こえてないと思う。


「ただいま」


ツナミを抱っこしてソウちゃんがリビングに入ってきた。


「おかえりー」


あたしがクレヨンを片付けているのを見て


「ツナミ!お片づけは自分でしなきゃダメだろ?」


ちょっと怖い顔で言っている。


「とうしゃん、今日はオムライスなの!オムライス!!」


「ってオレの話聞けよ・・・」


ツナミはソウちゃんの耳元で何度も「オムライス」を連発している。


ワガママ勝手はあたしに似たのかもしれない。

顔もあたしに似てるけど、耳の形とか指先なんかはソウちゃんに似ている。


オムライスを食べながらソウちゃんはツナミの相手。


ソウちゃんが帰ってきたらお風呂にも入れてくれるから、あたしはのんびりテレビを見れる。


「とうしゃん、チョキチョキしてたの?」


「うん。お仕事してたよ。ツナミは何してたの?」


「ルウコと・・・」


「ママだろ?」


言いかけるツナミに注意している。


「ママ?とお花屋さんごっこ!お花にお水あげたり埋めたりしてた!」


「埋める?超怖い事言うなよ」


「チョー?」ツナミが首を傾げた。


あたしがリモコンを手に付け加える。


「観葉植物の手入れを『お花屋さんごっこ』という名目でやってました。埋めるんじゃなくて鉢の入れ替えしてたのよ」


「あぁ、そういう事ね。ふーん・・・オレも『ごっこ』にして何か手伝わせるかな?」


お皿をシンクに置いて冷蔵庫からビールを出している。



「とうしゃん!ゴクゴクする前にお風呂!」


「えー、飲んでから入るから。1本飲んだら入るって」


「とうしゃん!」


バンバンと食卓テーブルを叩いている。


(うるせーよ)


テレビに集中する為にあたしはヘッドホンをした。


「わかったって!ちょっと待ってろよ?ってルウコ!お前ズルいぞ!」


そんな声にも無視無視。ゆっくり出来る時間が必要なんですよ。

2歳になってから、ツナミに部屋を与えて1人で寝かせるようにしている。


あたしが具合悪い時にどっちの実家にも泊まれる様にしつけた。



ツナミがまだ大きい子供用のベッドで寝たのを確認してリビングに戻る。


ソウちゃんがソファで新婚当時から変わらず頭にタオルをかけたままビールを飲んで笑っている。


「お疲れー」


隣に座って言うと「そっちもお疲れ」と頭を撫でてくれる。


ツナミ中心の生活でもこういう2人の時間を作るようにしている。


「あ、親父がさ、ツナミが幼稚園に入ったら裏方に回るってさ」


「ソウちゃんパパがどうして?」


「もう隠居したいんだと。だからオレが忙しくなるって迷惑な話だけどね」


「ふーん、まだ若いじゃん」


「ルウコが入院したり疲れた時は幼稚園の送り迎えしてやるって言ってたよ」


「あ、それは助かる」



最近のあたしは身体の調子がいい。

だからあんまりお願いする事はないだろうけど、少し考えている事がある。



「ツナミ、来年から幼稚園入れようかな?」


「3歳で?まだ早くない?」


ソウちゃんが不思議そうに言った。


「実は考えてまして・・・」


「何を?」


耳元で囁いた。


「2人目」


ソウちゃんがビックリした顔をした。

「え?もう?大丈夫なの?」


「うん。今月の検査の時に笹井先生に相談したら大丈夫って。子作りするなら薬も変えてくれるよ」


「子作りって・・・」


赤くなっているのが変。2歳の子供がいる人の反応とは思えない。


「何、今更照れてるのよ」


「いやぁ、だってツナミは『出来ちゃった』だからさ・・・」


「する事してるじゃん。変な人」


あたしが呆れてるとソウちゃんは益々赤くなった。



あたし達はまだ24歳。

こういう反応する方が普通なのかな?

家で子育てしてるあたしの方が老けてる感じがする。

元々童顔なソウちゃんは子供がいる様には見えない。

職業柄、スーツなんて着ないでジーンズだし、スーツで毎日ヘトヘトな幹太くんの方が一気に老けた様な気がする。

そんな幹太くんもミサちゃんに負けて来年、一応「婚約」をするらしい。

明日香はずーっと付き合っていた先輩と去年の始めに別れて、すぐに職場の男性と付き合い始め、今年の春に電撃結婚してしまった。

あれには周りもビックリした。

明日香曰く、「タイミングと勢い」らしい。

旦那さんは今年30歳。24歳のあたし達からみたらすごく大人な感じがする。



「で、どうするの?あたしはほしいと思ってるんだけど」


「まぁ、オレもいてもいいとは思うけどね・・・」


「だったら決定ね。薬調節してもらおう!」


ルンルンのあたしに比べてソウちゃんは心配顔。


「薬弱くなるけど大丈夫なワケ?」


「大丈夫よ!心配ないから」


笑ってピースした。


最近までツナミと3人で寝ていたダブルベッドが2人になると広く感じる。


ゆっくりお風呂に入ってドライヤーで髪を乾かしてららベッドに入るともう癖の様にソウちゃんが腕枕をしてくれる。


「ルウコ」


「ん?何?」


「さっきの話だけどさ、子供が出来るまで薬を弱くすんの?」


「うーん・・・、そうもいかないよね」


「笹井先生も言ってたじゃん。薬が弱くなると発作が出やすいって」


「だったら排卵日前後は弱くしてもらう感じかな?」


「オレはその方がいいと思うけど・・・」


「じゃあ、来月の検査の時にソウちゃんも一緒に話聞いてよ」


「そうだな、オレも聞いた方が安心するし。別にオレはツナミ1人でもいいだけどね、ツナミはキョウダイがいた方がいいかな?」


「ツナミに聞いてみれば?『お姉ちゃんになりたい?』って」


クルっとソウちゃんの方を向くと目が合う。


「旦那様?」


「はい?」キョトンとした返事がきた。


「あたし老けた?」


「いや、変わんないんじゃない?人の事言えないけど。人妻には見えないよ?」


「ちなみにあなたの奥さんは今日が排卵日なんですけど」


「え!?いきなり?」


「とりあえずさ、試してみようよ」


「何その誘い方・・・」


呆れながらあたしのパジャマのボタンを外し始めた。


実家に向かって車を走らせながらチャイルドシートに乗っているツナミに聞いてみた。


「ツナミ、お姉さんになりたくない?」


「お姉さん?」意味があまりわかってない返事がくる。


「ツナミがお姉さんになって、赤ちゃんがおウチに来たらイヤ?」


「赤ちゃん?」


ビックリした時の感じはソウちゃんによく似てる。


「赤ちゃんがおウチにくるの?」


「まだ来ないよー、ツナミがもう少し大きくなったらくるかも」


「赤ちゃんほしー!!」


絶叫するのはいいけど、ほしいのはツナミではなくあたしですけど。

そして産むのもあたしだから「ほしい」絶叫されても・・・。


実家に着いて、ツナミが玄関で叫んだ。


「あーやのさーん!!」


「ツナミー!!綾乃さん待ってたよー!」


お母さんが喜んでツナミを抱きしめる。


宣言通りに『ばあちゃん』ではなく『綾乃さん』と呼ばせている。

お父さんは『じーじ』でルミは『ルミちゃん』。


高柳家では『じーじ』と『ばーば』なのに・・・。

でも瑠璃ちゃんの事はなぜか『瑠璃』と呼び捨て。

誰もそんな呼び方教えてないし注意したけど、


「別にいいじゃん」


と瑠璃ちゃんはあっさりしている。


もういいお年頃を越えた瑠璃さんも彼氏はいるみたいだけどなかなか結婚する気はないらしい。


18歳のルミの方が早くにお嫁に行きそうな感じがする。


ケーキをパクパク食べながらツナミはお母さんに喋りまくっている。

まだ2歳だから意味不明な言葉ばっかりだけど、お母さんこと「綾乃さん」は嬉しそうに頷いている。


「お父さんは?」


あたしが聞くと、「ツナミが来るからおもちゃ買いに行ったわよ」だって。


「あんまり甘やかさないでほしいんだけどなぁ」


「孫を甘やかさないで誰を甘やかすのよ」


「ルミは?」


「バイトの後飲み会だって。どうせ男ん所でしょ?」


ルミの「男遊び」はまだまだ健在のようだ。


「綾乃さん」ツナミがお母さんに話掛ける。


「なぁに?もっとケーキ食べる?」


「ツナミのおウチに赤ちゃんくるの!」


ブっとお茶を吹き出してしまう。


「え?え?えええ!?そうなの?ルウコ、そうなの?」


お母さんがビックリして言った。


(子供って怖すぎる・・・)


「違うわよ!ツナミももう2歳だからそろそろいいかなー?って検討中なだけ」


「なんだ、ビックリしたぁ・・・。でも、大丈夫なの?笹井先生はなんて?」


あたしは今月の検査の結果と2人目について説明した。


「ソウちゃんとルウコがいいならいいけど。でも私は次の子にも『綾乃さん』って呼ばせるつもり!」


「どうでもいいよぉ。いい加減ばーちゃんでいいじゃん、何歳だよ」


「何歳でも嫌なものは嫌なのよ!」


呆れていると「ツナミー!」とお父さんの叫び声がした。

家に帰ると、ソウちゃんが仕事着のジーンズにシャツからTシャツに黒のパンツに着替えていた。


「あ、おかえり。ってあれ?ツナミは?」


「綾乃さんの家に泊まるそうです。『バイバイ』って言われた。出かけるの?」


「うん、今メールしようと思ってた所。幹太とミサと飲んでくる」


「え?ズルい!あたしも行きたい!」


「ツナミは心配ないから一緒に来る?運転してくれるからオレはラッキーだし」


あたしが急いで着替えている最中、ソウちゃんが幹太くんに電話をしている。


(久々にミニスカートとか履こうかな?)


いつもツナミと一緒だとジーンズだからちょっとオシャレをしたくなる。

メイクもいつもよりしっかりしてバッグも入れ替えてリビングに戻った。


「ふーん、ミニスカートなんて履いたら子持ちには見えないな」


「でしょー?高柳さんの奥さんもまだまだイケてんのよ!ナンパされたりして」


「アホか。指輪してるしオレと一緒でナンパなんてされるわけねーだろ?」


そう言いながらも手を繋いでくれる。



(2人でお出かけなんて久々ー!!)



ソウちゃんにベッタリくっつくと「暑い」と言われる。


「暑くない!幹太くんとミサちゃんも久々だよね、楽しみー」


「明日香も来るって。旦那に送り迎えさせるってさ」


「あ、そうか。今日って土曜日なんだよね」


ウチはソウちゃんの仕事柄、世の中の休日とはズレている。


「ちなみにオレ明日公休なんだよね。ルウコもいるからのんびり飲める!」


「あたしお腹空いたー。薬飲んだから今日はいっぱい食うぞー!」


車に乗り込みながらそれぞれ羽をのばした。