ソウちゃんの下駄箱に手紙をいれる日、ソウちゃんはすく読むからHRに来る事はない。


退院してすぐに登校したあたしが入れた手紙を読んでるだろうから今、ソウちゃんの席は空席。


3日も休んで心配かけて、ちょっとしか電話に出れなかったし・・・。


明日香が朝、気になる事を言ってた。


「ルウコが早退した日、そのままソウちゃん戻って来なかったよ。幹太も何か様子がおかしいって言ってたし」


手紙にはやっぱり病気の事は書かなかった。


「いつまで隠すの?言った方がいいと思うけど」と明日香に言われたけど、言えないよ・・・。


だってこんなヘビーな話を受け止めてくれる人ってそうそういない。

両親だって途方に暮れてるのに、彼氏だと言っても他人の17歳の男の子が背負っていくには重過ぎる。



HRが始まる前にあたしは幹太くんに声を掛けた。

あたしから声を掛ける事なんてないからちょっと驚いていたけど、「大丈夫?」と心配してくれている。


「明日香からソウちゃんがおかしいって聞いたんだけど・・・」


「あぁ、気にする事ねーよ。ソウはいつもボーっとしてるし。・・・でも、ちょっと変だったんだよね。部活の時もボサっとしてたし。いつもやる気ないんだけど、何つーか上の空?そんな感じだったかな?」


「ソウちゃん、幹太くんに何か言ってた?」


あたしの質問に「特には」と首を傾げた。


「ルウコちゃんが休んだのが心配だったんじゃない?アイツ地味ーにルウコちゃん大好きだからね。ま、男同士だから詳しい話とかしないけど。オレは話すけど、ソウは自分の事ってあんまり言わないから」


「そっか」


一応「ありがとう」と笑顔で言って席に戻ろうとしたけど・・・。


「喧嘩でもしたの?」と心配された。


「してないよ。大丈夫・・・でも、あたしちょっとソウちゃん見てくる」と言って、いつもいる屋上へ向かった。

屋上に向かいながら、不安がいっぱいよぎる。


手紙で聞かれた、図書室の本の事。

お昼に読む癖が抜けなくて、ソウちゃんが来る前にいつも読んでしまう。


『あの本は何?』って聞かれたけど、『今は言えない』って曖昧に答えちゃったし・・・。


後は『体育いつも休むの?』って事も聞かれたけど『貧血症で』で誤摩化してる。


ソウちゃんは何でもちゃんと話してくれるし聞いてくれるのに、あたしは嘘ばっかり。

絶対に言わなきゃいけない事を隠してる。



階段を上がりながら、ふと思った。



あたしが早退した日、ソウちゃんは戻って来なかった。

でも、ソウちゃんはちょっと電話で話した時にそんな事言ってなかった。

部活も上の空だった。

3日間、普通なメールだったけど『本当に大丈夫?』と何度も入ってきた。


(まさか・・・)


あの本はいつも脇に置きっぱなしにしている。

タイトルこそは見えないけど、グレーの布製の分厚い本だって事はわかってると思う。


(もしかして・・・読んだ?とか・・・)



いや、読んだならソウちゃんは言うと思う。


「何であんな本読んでるの?」って普通に聞くはず。


でも、逆の立場で考えよう。


何だろう?って疑問に思ってこっそり読んだらあたしならどうする?


身内?それとも本人?疑問が出る。


そして・・・聞けない。そんな事、絶対聞けない。いくら大好きな人でも。

だって、それが本当だったら怖いから。

音がしないように屋上のドアをそっと開けた。

フェンスに寄りかかって多分、手紙を読んでいるソウちゃんの背中。


しばらく様子をみた。


手紙を封筒にしまってからカバンに入れている。

相変わらず背中を向けたままだけど。

それから、上を見上げてため息をついた。


「・・・・・・・」


何か言ったけど、この距離からは聞こえない。


(何を言ったのかな?)


何だか疲れたようにフェンスにもたれかかった。


どうしよう・・・。

あたし言わなきゃダメだよね・・・?

いつまでもこんな嘘がバレないワケがない。

毎月休むのなんておかしいもん。


それに入院したから、再来週は1日検査入院だ。

「法事」って事で誤摩化すつもりだけど。ってメールで言っちゃったし、「再来週は法事で早退して次の日休むんだ」って。


「そうなんだー」って普通に返ってきたけど。



怖い、知られるのが怖い。

知っていなくなるなんてあたしの中じゃ有り得ない。

だから自分からは怖くて言えない。



でも、聞かれたら言わなきゃ。

言わない方が苦しいもん。


そう決意して、深呼吸して、いつもの様にしよう。


「ソウちゃん」


あたしは背中に声を掛けた。

ビックリして振り返ったソウちゃんはやっぱり変だと思った。


「遅いよー、いつも手紙読むって理由でHRサボりすぎ!せっかく登校出来たのに朝からいないとかムカつく」


自分でも女優か!?ってくらいに何事もなく話せる事に驚き。


「身体、大丈夫なの?」


戸惑いながら聞いてくるから不安を見えないようにギューって抱きしめた。


「会えなくて寂しかった」


ソウちゃんから何か言われるのかが怖いから18センチの身長差が助かる。

肩より下の今の顔は見られたくなかった。


「なぁルウコ、身体は本当に大丈夫か?」



気付いてる?

気付いてない?

いや、何かは察知してるはず。絶対に。




「平気。ソウちゃんって心配性?」


笑顔で答えるあたしの口は何でこんなに嘘つきなんだろう。

心では絶対隠してるのはおかしいと思っているのに、出る言葉は嘘。


ソウちゃんは抱きしめながら片方の手で頭を優しく撫でてくれた。


(ソウちゃん・・・ごめんなさい)


この言葉を口に出したらどんなに楽だろう。


「心配性?そうかもね」


と優しく笑う大事な彼氏に嘘をつく罪悪感が心を支配する。





罪悪感の中にも安らぎってある。

ソウちゃんの身体にすっぽりと包まれているこの瞬間。


(もう少しだけ待ってほしい・・・少しでいいから)


そう思って視線を上に向けるとソウちゃんのいつもの笑顔。


「ルウコって意外に小さいよね?」


「え?そうでもないけど。18センチ違うとそう思うのかな?」


「160センチか・・・。って何でオレの身長知ってるの!?」


「リサーチ済みでした。それより」


あたしは見上げたままソウちゃんに言った。


「初めてこんなに近くで顔見たかも」


「そうだね、オレもルウコをこんな近くで見るの初めて」


「ブスって思った?」


そう言ったら笑った。


「オレの彼女は学校で一番の美人と呼ばれてる子なんです。当然、誰よりもオレがルウコを一番可愛いと思ってるし、そこらの男に見られてるのがたまにムカつく」


(ヤキモチやくの・・・?)


意外だなーって思って見た。


ソウちゃんはニコリと笑ってから言った。


「なぁ、キスしてもいい?」


・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・


(何だと!?キスって、キスって、キスーー!?!?)

「え?キ、キ、キスですかい!!」


ソウちゃんが笑い出した。


「キスですかい!って何その言葉」


「いやいやいや、だってあたし初めてだもん。心の準備が・・・」


「この距離でそんな事言うかなー」


(恥ずかしい!!どうすればいいの!?)


「するから!ちょっと心の準備させて!)


ソウちゃんの肩に頭を置いて手を心臓に当てる。


(ものすごくドキドキしてるじゃん!発作の前にキスしただけで死ぬかも)


無理だ、絶対無理・・・。


もう「隠し事」なんてどっかへ飛んでる。


「ルウコ」呼ばれて慌てて上を向いたら・・・


唇がちょっと触れただけのキス。

でもあたしにはファーストキス。


「まだいいよって言ってない!!」


真っ赤になりながら文句を言ったけど、優しく笑っている。

そしてさっき以上に強く抱きしめられた。


ソウちゃんの声が耳元で聞こえる。


「あのさ、急いでないから喋りたくなったら、1人で抱えるのが辛くなったら言って?約束」


ファーストキスで頭はいっぱいだけど・・・


ソウちゃんは多分、あたしの「秘密」の何かを知っている。


それだけはわかる。



「・・・わかった」あたしはそう答えた。


デートがしたい!と手紙でもメールでも口でも言い続けてきた。



そのデートを1時間目をサボりながら2人で考え中。


今度の土曜日がソウちゃんの部活の休みらしい。



運動部が結構レベル高い方のうちの高校。

それはサッカー部も同じ事。

普通の高校みたいに教師が顧問に何かあるワケがなく、顧問を雇っているくらい。

それにサッカー部は滅多に休みがないのは他の部活でも有名らしい。


「本当に休み〜?」


あたしが怪しんで言うと、ソウちゃんは苦笑い。


「休みだよ。来週試合あるからさ。その前に夏バテしたらヤバイからって事で休息です」


不安はいっぱいあるけど、いずれはちゃんと話そうと思う。

再来週の検査入院が終わったら言う。

もう好きな人の前で嘘はつきたくないから。


「どこ行こうかなー、初デート。朝から夜遅くまで一緒にいたい」


「ルウコの好きな所でいいよ、まかせる。」



初デートってどこ行くのかな?

映画?海?遊園地・・・は身体の都合で行けないし、後は水族館とか・・・。


暑いし日焼けも嫌だからなぁ・・・



「水族館にする。嫌かな?」


あたし達の暮らす街には最近、人気が復活した水族館がある。


水槽とか見てたら涼しそう。

それに、この水族館は飼育員さんの気分の問題だけど、イルカに触れる。

あたしにとってイルカに触るのが最大の目的!

「うーん・・・」


デート前日、クローゼットから服を引っ張り出して色々考え中。

女の子らしくワンピとか?


でも、あたしが付けるアクセには合わない・・・。


あたしは誕生日に親に買ってもらったターコイズのゴツいネックレスをしているから。学校でも付けっぱなし。お風呂でも外さないから1年は付けっぱなし。

これを買う時、お母さんはすごく嫌がった。

女の子っぽい石のついた細いネックレスを選ぼうとしていた。


そんな事より、出かける前に付けるアクセの確認。

皮のブレスのような時計。これも学校でもしている。

それとパワーストーンてか数珠が3本。


「やっぱりワンピじゃないよね」


水族館って結構歩いたりするし、いきなり気合いバリバリなのも不自然。

だからジーンズのショートパンツとせめて少しは女の子っぽくと思って、ピンクのユリユルのカットソーにした。


いつも背中まであるロングヘアは明日はてっぺん団子にしていこう。


「よし!決まり!!」


(ソウちゃんはどんな格好でくるのかな?多分、オシャレっぽいな)


山ほど出した服を畳んで片付けていると部屋をノックされる。


「誰ー?」


ドアを見ないで返事をすると「お母さんだけど」という声。


畳んだ服をクローゼットに押し込んで「入れば?」と声を掛けた。

「あら?服選び?明日出かけるの?」


ベッドに座ってお母さんが言った。


「そ、デートなの。夜ご飯いらないからね」


あたしは机の所にある椅子に腰をかけた。


「ソウちゃんね・・・。言ったの?病気の事」


「言ってない。今度の検査入院の後言うつもり」



だから、「健康に見える柏木流湖』としての最初で最後の初デート。

この時は病気の事は忘れるんだ。

だって、この後、ソウちゃんに大きな荷物を背負わせるかもしれないから。



「この間、笹井先生に言われたんだけど・・・ルウコは自分の身体の事はちゃんと知りたいって言うから言うわね」


お母さんは悲しそうに言った。


病気になってからの両親との約束。


自分の身体の変調はちゃんと報告してもらう。

余命が出たら言ってもらう。

まだ子供のルミには「治らない」事実は隠す。



「また悪くなってた?」


あたしは出来るだけ明るく言った。


「そうね・・・。数値が今までと桁違いだって言われたわ」


「入院必要かな?」


お母さんが首を振った。


「必要ないって。だた、ルウコに色々な体験をさせて下さいって言われた」


それって余命がわからないけど、余命宣告と一緒じゃん。