またもや自習の2時間目。


自然とあたし、ソウちゃん、明日香、中川・・・いや、幹太くんで話をしている最中。


珍しく元気なくため息連発の幹太くんに「どうしたの?」と明日香が聞いた。


「夏なのに、フリーなオレって悲しい」


「幹太、この間1年に告られてたじゃん。付き合えば?可愛かったよ?」


「違うのー、オレは不毛な恋をしてるんだよ!」


そんな親友の嘆きも無視してソウちゃんは欠伸連発。


(不毛な恋か・・・。気持ちわかるなー)


と思っても特に言えないのがあたし。だから明日香が聞き役になっている。


「幹太って好きな子いるんだ。どこの誰?」


「明日香もルウコちゃんも知らない女!小学校ん時の同じクラスの子」


「え?あんた何年片思いよ?キモイわ、それ。引いた」


明日香がオエーって顔になる。


「違うっつーの!春にさ、偶然再会したらヤバイくらい可愛くなってて、それから猛プッシュしてるけど手応えなし!な?ソウ」


「あー、ミサね。見事に相手にされてないね。てかオレ寝るけど」


ソウちゃんが机に突っ伏した。

突っ伏す前にあたしの手をしっかり握って、友達の前とはいえちょっと恥ずかしい。


「親友の悩みより美人な彼女かよ!冷たいよな・・・ってもう寝てるし」


幹太くんがまたため息をついた。

明日香は首を傾げて「ミサ?」と考えている。


「ねぇ、幹太が言ってるミサって○○女学院の飯塚ミサの事?」


「え!?何で明日香が知ってんだよ!!」

「あ、やっぱりそうなんだ。ミサってピアノ習ってたでしょ?同じピアノ教室だったよ。で、今も友達でたまに遊ぶけど。ルウコも名前知ってるでしょ?」


明日香に言われて「あぁ、ミサちゃん?会った事ないけど」と答えた。


そんな明日香の手を幹太くんがガシっと握った。


「何?キモイから離してよ」


「お前、オレの女神様!?顔だけだと充分女神様だな!毒吐き女神!!」


幹太くんが子犬の様に明日香を見ている。


「え?毒吐きは失礼だけど。何?協力しろって事?」


迷惑そうな明日香に幹太くんは何度も頷いている。


「えー、面倒くさっ!でも、ミサって今、彼氏いないよ?好きな人もいない」


「マジ!?」


さっきとはうって変わってキラキラしている。


「待って、メールしてみる。『幹太が好きなんだって。どうする?』でいい?」


携帯を出した明日香に「ちょっと待て!」と慌てて止めた。


「じゃあ、どうしたいの?」


「彼氏いないかの確認だけでいい!で、これからそれとなーくオレを推してくれると助かる!」


「いくら出す?」と明日香が不適に笑った。


「それは成功報酬って事で!成功したら何でも買ってやるから!!」


「モノより金がいいなー」


そんな感じでソウちゃんがグースカ寝てる間に賄賂付きの協力が決定したようだ。


「頼んだぞ!明日香!!」完全に浮かれた幹太くんがなぜか寝ているソウちゃんの頭をバシっと叩いた。


「痛ってぇ・・・何?何の話?」とソウちゃんは相変わらず人の恋の話に興味ゼロ。

家でのいつもの晩ご飯。

長期で出張していたお母さんが帰ってきてようやくお父さんの適当料理から解放されて、久々に4人で食卓にいる。


「あら?ルウコ、少し日焼けした?」


お母さんがあたしを見て言った。


「え?そう?日焼け止め塗ってるんだけど・・・」


自分の腕を確認するけどよくわからない。

毎日、部活見てるから日焼けしたのかな?


「まさか、体育に出たりしてないわよね?」


「出てないよ。出てたら今頃入院中」


そんなあたしとお母さんのやり取りをニヤニヤしながらルミが見ている。


「どうしたんだ?ルミ、何が面白いんだ?」


お父さんがルミに笑顔で聞いている。


「ソウちゃん!!」


ルミが大声で言って、ビックリしてむせる。

お父さんとお母さんはキョトンとしている。


「ソウちゃん?ルミの新しい友達か?」


「違うよー、ね?お姉ちゃん」


あたしをニヤニヤしながら見る。


(このガキ、何でソウちゃんの事知ってるんだよ!!)


無視して魚を箸で突っついていると、ルミの更なる追い打ち。


「ソウちゃんは、茶髪でピアスしてて眠そうな顔してるの。背は大きい」


「は?」と益々キョトンとする両親。

「ルミ?茶髪のピアス?背が大きい??教育実習生なのか?全く、今時の教師は・・・」


お父さんがけしからんとばかりにブツブツ文句を言ってる。

あたしは涼しい顔でルミの足を思い切り踏んでやった。


「いったぁーい!お姉ちゃんがルミの足踏んだー!」


「何?踏んでないけど。自分で椅子で踏んだんでしょ」


(クソガキが余計な事をペラペラと・・・)


お父さんとお母さんが顔を見合わせて「何だろう?」と言ってるうちに小声でルミに忠告した。


「あんた、これ以上余計な事言ったらボッコボコにするからね。殺すぞ!ガキ!」


ルミはムーっとした顔で睨んでから、お父さん達に聞こえる声で言った。


「お姉ちゃん、ルミ会いたいなー。ソウちゃんに。今度連れてきてよ」


(このガキャー!!!)


シーンとする食卓。


お父さんは硬直。お母さんは口に手を当ててビックリ。


(どうすんだよ、この空気・・・)


仕方ない。友達とでも言っておくか・・・と思ったら、


「ソウちゃんはお姉ちゃんの彼氏だよ!そこそこイケメンかな?部屋にプリクラ貼ってあるんだー」


「ちょっと!ルミ!何勝手に部屋に入ってるのよ!殺す、お前ってガキは今日こそ息の根止めてやる」


ブチ切れでルミのほっぺたにビンタをした。


勢いでルミが椅子から転げ落ちる。

落ちた瞬間ルミは子供ならではの大泣きで、まだ我慢出来ないあたしも立ち上がって泣くルミの襟を掴んで引っ張り上げた。


『やめなさい!!』両親の声がカブった。

「ルミ、まず勝手にお姉ちゃんの部屋に入った事、プリクラを見た事を謝りなさい!」


お母さんの怒鳴り声に襟首を掴まれたままビクっとしている。

柏木家の最大権力者はお母さん。

収入はおろか威厳も怒った時の怖さも。


「だって、彼氏出来たのって嬉しいでしょ?ソウちゃん優しそうだったからルミも会いたいなーって思うのは変?」


「変じゃなくても、ルウコより先に喋っちゃうのはダメ!!さっさと謝る!」


「ごめんね?お姉ちゃん」


言われて仕方なく手を離した。

でも立ち上がったルミは「今度ルミには会わせてね」と耳打ちして行った。


(全然懲りてねーじゃん!これからあたしが地獄に遭うってのに)


食卓に戻ると頬杖をつくお母さんと腕を組むお父さん。お父さんの威厳なし。


「で、ルミが言う通りに「ソウちゃん」て子とお付き合いしてるの?」


「うん」下を向きながら答えた。


「ソウちゃんじゃわからないんだけど、名前は?どこの子なの?」


「同じクラスで、名前は高柳 蒼くん。サッカー部です」


言ったと同時にお父さんが強めに出た。


「茶髪にピアス!?そんなチャラけた男と付き合いなんて反対だ!」


「何言ってる?自分の娘のピアスの数確認してから言いなよ」


お父さんの出番、終了。


ずっとあたしを見ていたお母さんが言った。


「年頃だから付き合うのに文句はないけど、彼はルウコの身体の事知ってるの?理解して付き合ってるの?」

やっぱりきたか・・・。

あたしは首を振る事しか出来ない。

「ルウコ、わかってるの?家族は病気の事を理解出来ても、ソウちゃん?には無理よ」


お母さんの言葉に睨んでから言った。


「彼氏が出来た事であたしは病気になってから初めて幸せだと思った。どうしてあたしの気持ちを尊重してくれないの?」


お母さんは何も言わなかった。


「いずれは病気の事、彼には話すつもりだから」


ルミが慌ててお父さんに言った。


「ねぇ、ルミが変な事言ったからこんなになったの?」

「イヤ、ルミのせいじゃないよ」とお父さんがフォローしてるけど、


「ルミがベラペラ喋るからだからね!それにあたし彼氏って初めて出来たの。だから誰にも邪魔されたくない」


そう行って部屋に戻った。


わかってるけど、病気があたしの邪魔ばかりする。

ソウちゃんと付き合いだしてから余計に思う。

何で邪魔するかな…

あたし、病気がわかってから我慢ばっかりしてたのに。


見た目はみんなと変わらないはずなのに…


やっと掴んだ幸せを邪魔するなんて悪趣味な神様。


ソウちゃんへ


今日の手紙はちょっと、重いというか・・・大事な話です。


あたしの身体の事。


前に「体育よく休むの?」って手紙をもらったけど、はぐらかしてしまいました。

ごめんなさい。


本当の事を言ったらソウちゃんが離れてしまう気がして怖くて言えなかった。

でも、隠し事とかウソってよくないよね?

だから正直にあたしの事を書く事にします。


あたしの病気は「○○性突然死症候群」です。

って言われてもピンとこないと思うのが普通だよね?

心臓が悪いの。


初めてそれを知ったのは中2の時。

それから、毎月検査で必ず1日は休んでいます。

ソウちゃんには「体調が悪い」ってメールで入れてたけど、本当は検査で病院に行ってました。

これからも毎月検査があります。永遠に。


あたしの病気は治らないんだ。

体育なんてもちろん、食事も高カロリーの食べ物はダメだしカフェインが入ってるからウーロン茶すら飲めない。塩分も控えなきゃいけない。

何か外食する時は薬を飲まなきゃいけないの。


たまに貧血から発作を起こす事もあります。

今のところは珍しく発作が起きてなくて、病院の先生も「珍しい」って驚いてた。

ストレスから具合が悪くなる事も結構あるから、ソウちゃんとお付き合いをしていて、あたしはすごく幸せなので発作が出ないのかもしれない。


あたしにとってそれくらい、ソウちゃんは生活の中でかかせなく、そしてすごく大きな存在です。


いつ具合が悪くなるのかなんてわからないから、ソウちゃんに負担をかけてしまうかもしれない。


そして・・・、


これはあたし自身も目を背けたい事実なんだけど、あたしはみんなより長く生きる事が出来ません。

明日か明後日か、1年後が10年後か。

わからないけど、みんなより先に死んでしまいます。


ウソみたいでしょ?


あたしもそう思ったけど、発作が起きると苦しくて、やっぱりあたしの身体は人より弱いって実感してしまう。


ソウちゃんに恋をするまで、死ぬのは怖くないって言えばウソだけど、どうせこんなもんだろうなってあたしの世界はモノクロでした。

色を戻してくれたのはソウちゃん、あなたです。

あたしはソウちゃんより大事なものはありません。


ソウちゃんといれるようになってから、生きていたいってすごく思う。

出来れば、お互いがおじいちゃん、おばあちゃんになるまで一緒にいたい。


隠しててごめんなさい。


ソウちゃんはこんな身体のあたしと一緒にいてくれますか?


正直な気持ちが聞きたいです。




ルウコより

書いたはいいけど、こんな手紙出せない・・・。


親にソウちゃんの存在が知れた夜、書いてみたけど渡す気にもなれなかった。



今は体育の授業中。


みんながバスケをやってるのをボーっと見てた。


楽しそうに笑っている。

あたしは運動は結構得意なんだよね、実は。



「柏木さん」


声を掛けられて上を向くと、女の子が笑顔であたしを見ている。


「あ、三上さん・・・」


確かソウちゃん狙いだったあの子だ。

あたしが思わず告白したキッカケを作った子。


「あたし今日、生理なんだ」


そう言って隣に座った。


「そうなんだ」


初めてマトモに喋るかもしれないな・・・。


「柏木さんってソウとラブラブだよねー」


「え?まぁ・・・」


(何?突然)と不審に思ってしまう。


「柏木さんっていつも体育休むけど、身体悪いの?」


「いや・・・、ちょっと酷い貧血だから。悪いってワケではないけど」


「ソウって知ってるの?体育休んでる事」


何でそんな事聞かれるのかさっぱりわからない。