いつの間にか自然と頬が緩んでいたらしく、相沢くんに「何アホヅラしてんだ」とからかわれてしまった。
「ほら、早く帰らねーと暗くなっちまうぞ」
「あ、すみませんっ。じゃあ、帰りますね。私こっちなので……」
「おう、じゃあな」
たった半日だったけど、今まで家族以外の誰かと出かけたことのなかった私は、本当に楽しかった。
文化祭関係とはいえ、連れ出してくれた相沢くんに心の中で感謝しながら、私は相沢くんとは逆のホームに向かおうと歩き出す。
「香波っ!」
その瞬間、聞き覚えのある声が私の“名前”を呼んだ。
「えっ……」
大勢の人が行き交う駅の中。
私の聞き間違いだろうと思いながらも、反射的に振り返る。
やっぱり……名前を呼んだのは思った通りの人だった。
「文化祭、絶対成功させような!香波!」
相沢くん……。
右手でガッツポーズを作って私に笑ってみせたあと、相沢くんは人混みの中へと消えていった。
「は、はいっ……絶対に……!」
はじめは不安でいっぱいだったのに。
相沢くんとなら大丈夫だって、私はこの時確信した。
“香波”
初めて家族以外の人に呼ばれた自分の名前は、何だかかすぐったく私の耳に届いたのだった――。