文実委員になったから




〈今、電話して平気か?〉


「うん、お昼休み中だから……。どうしたんですか?急に……」


〈いや、俺今日休んじゃったから、迷惑かけたと思うし一応謝っとこうと思って〉


そんな……休んだのは昨日のことがあったから仕方ない。それにああなってしまった原因は、私の不注意が原因だったんだから、相沢くんは何も謝ることなんてないのに。


そんなことよりも、別のことの方が気になってしょうがない。


今、野川先輩と一緒なのかな。それともお見舞いだけして帰ったのかな。
それとも、本当に風邪か何かだったのかな。


「えと……それは別に大丈夫です。人手が足りなくなったりしたとかはないので問題ないです」


〈そっか。なら、よかった〉


電話の向こうで、相沢くんが安堵の息をついたのがわかった。


「……では、他に用がなければ……」


〈香波は?〉


「え……?」


用事はそれだけだと思っていたので、そのまま電話を切ろうとしたら、相沢くんが私の言葉を遮って言った。



〈香波はひとりで大丈夫?〉



……え、どういう意味……。


〈どうせ香波のことだから、今もひとりでお弁当食ってんじゃない?ひとりで心細くねえか?ちゃんと文実委員の仕事やれてるか?〉


まるでお母さんみたいに、心配してくれている相沢くん。


相沢くん、自分が大変な時に私がひとりぼっちになるかもしれないって、気にかけてくれてたんだ……。






なんて優しい人なんだろう。


確かに、最近はずっと相沢くんが私と一緒にいてくれて、ひとりになることなんてなかった。
だからこそ、さっきみたいに友達同士で楽しそうにしている人たちを見ると寂しくなったし、ある程度馴染めてきたとはいえ、いまだに文実委員の中では浮いている存在の私はどうしたってひとりで行動することが多い。


でも、今までずっとそうだったから平気だったはずなのに……隣に相沢くんがいない今日は、心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。


〈香波、最近いい意味で変わってきたと思うけど、やっぱ心配だからさ。ごめんな、急に電話なんかして〉


ううん……嬉しいよ、相沢くん。
ありがとう、本当にありがとう……。


相沢くんの優しい声を聞いていると、胸が苦しくなって、目頭が熱くなって、抑えていた感情が溢れ出してきた。


「相沢くん……」


〈ん?〉


好き……。
やっぱり好きです、相沢くん。


野川先輩のことが好きでも、私のことなんてこれっぽっちも見てくれていないってわかってても、好き。


今心配してくれてるのだって、私が野川先輩に似ていて放っておけないだけかもしれないけど、それでもいいとすら思ってしまう。


〈香波?泣いてんの?〉


「泣いてないですっ……」


誰かにこんな想いを抱いたのは初めてで、どうすらばいいのかわからない。



「……ありがとう、相沢くん……」



ただただ、流れる涙を拭うことしかできなかった。






「もうお昼休み終わっちゃうから、電話……切りますね」


泣いてることがバレないように、なるべく声が震えないようにそう告げると、「わかった。じゃあな」とだけ残して電話は切られた。


どうして、いつの間に、相沢くんのことをこんなにも好きになっていたんだろう。


高校に入るまで、男の子どころか女の子の友達さえいなかったのに。


そんな私が、誰かに特別な感情を持つようになって、毎日泣いたり笑ったりと忙しい。


普通の人なら、恋をしてそうなることは当たり前なのかもしれないけど、少し前の私なら有り得ないことだった。


だからこそ、どうしたらいいのかわからない。


失恋しているのだけど、好きという気持ちは止められなくて。


「相沢くんのせいですよ……」


嬉しくなったり悲しくなったり、相沢くんの言葉に一喜一憂して、テンションが上がったり下がったりの繰り返し。


振り向くことはないとわかっていても、諦めずに想いを貫くことはアリなのかな。本当なら、好きな人の幸せを見守るのが大事なんじゃないのかな。


誰かに……相談したい。


携帯のアドレス帳に入ってるアキちゃんの番号を眺める。


私と友達になってくれたアキちゃんなら、私に素晴らしいアドバイスをくれるかもしれない。


私はさっそく、相談したいことがあるとメールを打った。
数分と経たずに返事は返ってきて、今日文化祭の準備が終わったら会うことになった。







「香波~!こっちこっち!」


アキちゃんと初めて一緒にお茶したあのカフェに向かうと、私を呼ぶ明るい声が耳に届く。


慌てて学校から直行したおかげで待ち合わせ時間より少し前に着いたけど、アキちゃんは既に到着していて、窓際のテーブル席を陣取ってくれていた。


「すみません、アキちゃん!」


「全然いいよー!今日もお疲れ様!」


ぺこりと頭を下げると、アキちゃんが優しく椅子に座るように私に促した。


「さてさて、相沢くん関係のことかな?」


「ななな何でわかるんですか!」


アキちゃんはエスパーなのか。相変わらず鋭いです!


その通りなんだけど、突然相沢くんの名前が出てきたから少し動揺してしまう。


「どうしたの?あれからまた何かあった?」


アキちゃんの問いに、私は静かに首を横に振った。


「相沢くんとは何もないんです。ただ今日、相沢くん休みだったんですけど、野川先輩も休みで……そしたら柏木くんが『2人で会ってるんじゃないか』って……」


「まーた嫌なこと言ってきたのね!柏木って奴!」


自分の事のように口を尖らせて怒ってくれるアキちゃん。
そのことを嬉しく思いながら、話を続けた。






「そのことももちろん気になってモヤモヤしたんだけど、相談したいのはそれじゃないんだ。今日ね、お昼ご飯食べてる時に相沢くんから電話がかかってきたんです」


「電話?相沢くんから?」


「はい。『休んじゃってごめん。ひとりぼっちになってないか?』って。私のこと、すごく気にかけてくれてたみたいなんです」


今でも思い出す。
私のことを本気で心配てくれてるんだなぁってわかるくらい、優しい相沢くんの声。


「私、相沢くんと野川先輩の間には入れないと思うから諦めるつもりでいたんですけど、電話で相沢くんの声を聞いたら……やっぱり……」


「やっぱり、好きだって思っちゃったんだ?」


こくりと、今度は首を縦に振った。


こんなに強く誰かを想ったのは初めてで、少し恥ずかしいぐらいなんだけど……。


せめて、相沢くんのことが好きなんだっていうことだけでも、伝えたいと思ったんです……。



「ねぇ、アキちゃん……。
失恋してるのに、相手に、こ、告白するのは……おかしいですか……?」



おずおずと問いかけてみると、アキちゃんは残っていたカフェオレを飲み干して、それから満面の笑顔で頷いた。



「おかしくなんかないよ。失恋するってわかっていようが、相手に好きな人がいようが、好きな人に好きって言うのは、全然変なことじゃないよ」






ふわりと陽だまりのようにアキちゃんは笑って、向かい側の席から手を伸ばして私の頭を撫でた。


「好きって伝えるのは、すごーく勇気がいることだけど、それ以上に素敵なことだから迷うことなんて何もないよ」


迷うことなんて……何も……。


「相沢くん、野川先輩のことが好きなのに、私の気持ちは迷惑じゃないのかなぁ……?」


「香波は、相沢くんのことが好きだけど、他の男子から好きだって言われたら迷惑?」


何となく柏木くんのことを頭に思い浮かべる。
私なんかを好きになってくれるなんて有り得ないし、たぶん本気ではないと思うけど、好意を向けられて嫌な気はしなかった。


「じゃあ、相沢くんだってきっと一緒だと思うよ。香波の気持ち、すごく嬉しいんじゃないかな」


アキちゃん……。


……そっか、そうだよね。
応えられないとしても、相沢くんならきっと、私の気持ちを受け止めてくれるはず。


「ありがとう、アキちゃん。私、伝える。好きですって、相沢くんに」


たとえ相沢くんに好きな人が他にいたとしても、私は相沢くんが好き。


初めてこんなにも人を好きになったんだって、そうなれたのは相沢くんのおかげで、好きになったのが相沢くんで良かったって、ちゃんと言うんだ。






「それにしても、香波からこうやって誘ってもらえたの初めてだから、あたしすっごい嬉しかったんだー!ていうか、香波のほうからメールくれることが初めてだったよね!」


「えっ?そ、そうだっけ?」


「そうだよーもう!」


ケーキを頼むつもりなのか、メニューを見ながらアキちゃんが苦笑する。
「香波も何か頼む?」と聞かれたけど、私はいろいろと胸がいっぱいだったから断った。


「ティラミスひとつくださーい!あとアイスココア!」


元気良く店員さんに注文を済ませ、さっき飲み干したカフェオレのストローをもてあそぶアキちゃん。


早く食べたいのかなぁ?待ち遠しそう。


そんなアキちゃんの姿が微笑ましくて、つい「ふふっ」と声に出して笑った。


「なにー?香波、何笑ってんの?」


「いえ!何でもないよ」


突然笑い出した私を不審な目で見てくるアキちゃんに、私は自分でもびっくりするくらいストレートに言った。



「私、初めてできた友達がアキちゃんで良かったなぁ……」



そうつぶやいたあと、アキちゃんの目がまん丸に見開く。


「香波……!あたしのことそんなふうに思ってくれてたなんて……!」


それからちょっぴり目尻に涙を光らせ、今日一番飛びっきりのアキちゃんスマイルで応えてくれた。



「あたしもだよ、香波!ずーっと仲良しでいようね!」



人生で初めて交わした、あまりにも素敵すぎるこの約束を、私は一生守ると決めた。







9月になりました。
夏休みが終わり、2学期スタートです!


文化祭は9月の一番最後の週の土曜日と日曜日。土曜日が校内祭で、日曜日が一般公開日になる。


2学期が始まって2週間ぐらいは、夏休みの宿題の確認テストとか普通の授業とかで、文化祭の準備は放課後に行っていた。


でも9月の3週目になる今週からは、通常授業はほとんどなくなり、すべて文化祭の準備時間に当てられるようになった。


計画的に進めて、最高の出来で当日を迎えられるようにしたい。


それで、文化祭が成功したら、無事に文実委員として役目を果たすことができたら……。


相沢くんに……。



「桜香波!」



「は、はい!?」


突然、大きな声で名前を呼ばれた。
びっくりした私は、とっさに勢い良く立ち上がる。


「……ぷっ、あははは!香波、驚きすぎ〜!」


「……??」


私を見上げて笑うのはアキちゃん。


周りにいるクラスの女の子達も、楽しそうに笑っている。


「もう〜、桜さん、文実委員なんだからぼーっとしてちゃダメでしょー」


「あ……ごめんなさい」


わ、私としたことが……!
文化祭関係の話し合い中にまったく別のことを考えてしまっていたなんて!






今日は衣装係と美術係に分かれての作業で、私たち衣装係はメイドと執事用の服の細かいデザインについて話し合っていた。


「まあ、こんな感じかな〜」


私たちの意見を取り入れて、美術部の藤崎さん衣装の簡単なイメージを絵に描いてくれた。


「こんな感じでどうかな?桜さん」


「うわぁ……!とっても素敵です!」


フリルとかリボンとか細かく綺麗に描かれていて、すごく見やすいしわかりやすい。完成した時のイメージもさらに湧きやすくなった。


「じゃあ、今日からさっそく衣装作りに取りかかりましょう。そろそろ作り始めないと間に合わないと思うので」


「おっけー!了解〜」


私の指示で、衣装係のみんなが家庭科室へ移動する。


アキちゃんと一緒に廊下を歩いていると、「あら、桜さん」と声をかけられた。


「あ……野川先輩!」


野川先輩もクラスのほうの文化祭準備をしているのか、いろんな材料やら備品やらを持っている。


「あの、よかったらお手伝いします」


アキちゃんに先に行ってもらい、私は重そうな荷物の半分を持つ。


「ありがとう、桜さん。教室まで少し遠いんだけど、お願いします」


そう言って、野川先輩がふわりと笑った。