文実委員になったから




偶然、きっと偶然だよ。
もしかしたら、野川先輩は昨日風邪気味で、今日熱が出ちゃったのかもしれない。
委員長ともあろう立場なのに、相沢くんに会う為に大事な文化祭準備を休んだりなんか……。



「怪しいよねぇ、あの2人」



考えてることを読まれていたかのようなタイミングで、柏木くんが後ろから私に言った。


「……な、何がですか……?」


「相沢と、野川さんだよ」


平静を装って、何も知らないふりをして聞き返す。
予想通りの答えが柏木くんから返ってきて、ドクンと心臓が大きく波打った。


「相沢は昨日倒れたから大事をとって休んでるんだろうけど、野川さんは昨日は元気そうだったし風邪とかではないでしょ?昨日もわざわざ保健室まで様子を見に行ったぐらいだから、もしかしたら今日も相沢のお見舞いとか行ってるんじゃないかなぁ?」


柏木くんが、わざとらしく「香波ちゃんはどう思うー?」なんて聞いてくる。


どうって……知らないよ、そんなの。


「あの2人さぁ、なーんか妙に仲良いっていうか。野川さんは絶対相沢のこと好きだよね。俺が見る限り相沢も……」


「やめてっ!」


聞きたくない、聞きたくないよ。
そんなことぐらい私だってわかってる。


2人が会っていようが、私にはもう関係ない。
振られた私に、両想いの2人の間を邪魔する権利なんてない。






「香波ちゃん……」


それでも聞きたくなくて、両耳を塞いでうつむくと、柏木くんはもう何も言ってこなくなった。


「じゃあ、暑い中申し訳ないけど、1年生!足りない材料の買い出し頼む!」


副委員長の指示を受け、一斉に教室を出る1年生の文実委員たち。
私もそのあとに続こうとすると。


「香波ちゃん、一緒に買い出し行こう」


そう言って、天使のように微笑む柏木くん。


ひとりになりたいから断ろうとしたけど、どこか有無を言わさない雰囲気があって、思わず首を縦に振ってしまった。




「また香波ちゃんと一緒に買い出しなんて、嬉しいなぁー♪」


るんるんと軽くスキップをしながら、私の少し前を行く柏木くん。


それに答えることなく、私はとぼとぼと自分の足元を見て歩いていた。


「元気ないなー!香波ちゃん、どーしたの?」


「わわっ!」


ひょこっと下から顔を覗き込まれて、私はびっくりして顔を上げた。


その直後に、不敵に笑う柏木くんと目が合う。


「柏木くん……?」


「相沢に振られちゃったりしたの?」


「っ!!」


図星をつかれ、みるみるうちに耳まで真っ赤になってしまう。


そんな私を嘲笑うかのように、柏木くんは言った。



「野川さん、相沢の家に行ってるよ」



……やっぱり。そうなんだ。


何で、柏木くんがそんなことを知ってるんだろう、なんて不思議に思いつつも、私の心は別のことでざわついている。


「お見舞い……行ってるだけですよ」


そうあってほしいと願いながらつぶやいた私に、柏木くんは嫌な一言をぶつけた。






「好き同士のふたりが、わざわざ家までお見舞い行って、それだけで済むのかな……」



その言葉で、頭の中から消そうとしていた想像がはっきりと形になってしまう。


楽しそうに笑い合う2人の様子しか、頭に浮かんでこない。


「今頃2人でキスとかしちゃってんのかもよ。だからさ、香波ちゃん。俺に……」


そう言いながら私の顔を再び覗き込んだ柏木くんが、驚いたように目を見開いた。


「香波ちゃん、泣いてるの……?」


泣いてない。泣いてなんかいない。
そう思うのに、頬を流れるものが確かにあって、言い返すことができない。


相沢くんは大切な人だから、相沢くんが1番好きな人と結ばれて欲しいと思う。
その相手である野川先輩も相沢くんを好きなんだから、喜ばしいことなんだけど。


どうして、こんなにも悲しい気持ちになるの?
どうして、私だったらよかったのに、なんて思う私がいるの?



いつの間にか私は、こんなにも相沢くんを好きになっていた……。



「香波ちゃん……」


「やだよ……。相沢くん……相沢くん……!」


泣きじゃくる私を、柏木くんが優しく抱きしめた。



「香波ちゃん……俺にしとけよ……」



柏木くん……?


柏木くんの温もりが伝わってくる。


でも、彼の指先が心なしか微かに震えているような、そんな気がした……。







そのあと、何だかお互い気まずくなって、私たちはあれから必要最低限のこと以外は話さず、買い出しから戻ってきた。


他の1年生たちも買い出しから帰ってきていたようで、私たちを見るなり副委員長が「やっと戻ったかー!」と元気な声をかけてくる。


「すみません、遅くなってしまって」


「いいっていいって。暑い中お疲れ様でした!じゃあ、みんな戻ってきたし、そろそろ昼飯にするか!」


時計を見るとちょうどお昼の12時を示していて。
そう言われてみればお腹が空いていたなぁ、なんてぼんやりと思った。


「1時まで昼休憩!午後からまた作業再開すふから、ここに集合なー!」


副委員長の指示で、文実委員のみんなは各々自由に昼休憩に入る。


友達同士でわいわいと教室を出ていった女の子達を見て、少し羨ましくなった。


久しぶりだな、こんなふうに寂しい気持ちになるのは。


いつもなら……。



『香波!一緒に飯食おうぜ』



そう言って、私の隣にやってきてくれる相沢くんがいるのに。


今日は、いないんだよね……。


私は、お弁当を持って、とぼとぼと中庭へと向かった。






中庭に出ると、ぎらぎらと照りつける太陽を避けるように木陰に入り、お弁当を広げた。

まだ暑いけど、日陰のところは少しだけ涼しい。
そういえばもうすぐ9月だ。
夏休みが終われば、いよいよ文化祭本番が近づく。


この1学期、文化祭実行委員になってからあっという間だったなぁ……。


ほとんど毎日学校に残って文化祭のことを話し合って、夏休みに入ってからも集まりで学校には通っていた。


あまり休みって感じではなかったけど、いつの間にか文化祭の集まりが楽しみになっていた。


そう思えるようになったのも、相沢くんのおかげなんだ……。



「相沢くん……」



――ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。


「おわわっ!?」


スカートのポケットに入れていた携帯が突然震える。


驚きのあまり、身体がびくりと跳ね上がり、お箸で掴んでいた玉子焼きを落としてしまった。


「わ、私の玉子焼きが……」


しょんぼりしながら玉子焼きを拾ったあと、携帯を開く。


「……!」


まだぶるぶると震えている携帯は、今まさしく考えていた人からの着信を知らせていた。


「……もしもし」


深呼吸してから通話ボタンを押したけど、口から出た自分の声は暗かった。


〈あ、もしもし。香波?〉


「相沢くん……」


元気そうな相沢くんの声。身体は大丈夫なんだとわかって、少しホッとした。






〈今、電話して平気か?〉


「うん、お昼休み中だから……。どうしたんですか?急に……」


〈いや、俺今日休んじゃったから、迷惑かけたと思うし一応謝っとこうと思って〉


そんな……休んだのは昨日のことがあったから仕方ない。それにああなってしまった原因は、私の不注意が原因だったんだから、相沢くんは何も謝ることなんてないのに。


そんなことよりも、別のことの方が気になってしょうがない。


今、野川先輩と一緒なのかな。それともお見舞いだけして帰ったのかな。
それとも、本当に風邪か何かだったのかな。


「えと……それは別に大丈夫です。人手が足りなくなったりしたとかはないので問題ないです」


〈そっか。なら、よかった〉


電話の向こうで、相沢くんが安堵の息をついたのがわかった。


「……では、他に用がなければ……」


〈香波は?〉


「え……?」


用事はそれだけだと思っていたので、そのまま電話を切ろうとしたら、相沢くんが私の言葉を遮って言った。



〈香波はひとりで大丈夫?〉



……え、どういう意味……。


〈どうせ香波のことだから、今もひとりでお弁当食ってんじゃない?ひとりで心細くねえか?ちゃんと文実委員の仕事やれてるか?〉


まるでお母さんみたいに、心配してくれている相沢くん。


相沢くん、自分が大変な時に私がひとりぼっちになるかもしれないって、気にかけてくれてたんだ……。






なんて優しい人なんだろう。


確かに、最近はずっと相沢くんが私と一緒にいてくれて、ひとりになることなんてなかった。
だからこそ、さっきみたいに友達同士で楽しそうにしている人たちを見ると寂しくなったし、ある程度馴染めてきたとはいえ、いまだに文実委員の中では浮いている存在の私はどうしたってひとりで行動することが多い。


でも、今までずっとそうだったから平気だったはずなのに……隣に相沢くんがいない今日は、心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。


〈香波、最近いい意味で変わってきたと思うけど、やっぱ心配だからさ。ごめんな、急に電話なんかして〉


ううん……嬉しいよ、相沢くん。
ありがとう、本当にありがとう……。


相沢くんの優しい声を聞いていると、胸が苦しくなって、目頭が熱くなって、抑えていた感情が溢れ出してきた。


「相沢くん……」


〈ん?〉


好き……。
やっぱり好きです、相沢くん。


野川先輩のことが好きでも、私のことなんてこれっぽっちも見てくれていないってわかってても、好き。


今心配してくれてるのだって、私が野川先輩に似ていて放っておけないだけかもしれないけど、それでもいいとすら思ってしまう。


〈香波?泣いてんの?〉


「泣いてないですっ……」


誰かにこんな想いを抱いたのは初めてで、どうすらばいいのかわからない。



「……ありがとう、相沢くん……」



ただただ、流れる涙を拭うことしかできなかった。






「もうお昼休み終わっちゃうから、電話……切りますね」


泣いてることがバレないように、なるべく声が震えないようにそう告げると、「わかった。じゃあな」とだけ残して電話は切られた。


どうして、いつの間に、相沢くんのことをこんなにも好きになっていたんだろう。


高校に入るまで、男の子どころか女の子の友達さえいなかったのに。


そんな私が、誰かに特別な感情を持つようになって、毎日泣いたり笑ったりと忙しい。


普通の人なら、恋をしてそうなることは当たり前なのかもしれないけど、少し前の私なら有り得ないことだった。


だからこそ、どうしたらいいのかわからない。


失恋しているのだけど、好きという気持ちは止められなくて。


「相沢くんのせいですよ……」


嬉しくなったり悲しくなったり、相沢くんの言葉に一喜一憂して、テンションが上がったり下がったりの繰り返し。


振り向くことはないとわかっていても、諦めずに想いを貫くことはアリなのかな。本当なら、好きな人の幸せを見守るのが大事なんじゃないのかな。


誰かに……相談したい。


携帯のアドレス帳に入ってるアキちゃんの番号を眺める。


私と友達になってくれたアキちゃんなら、私に素晴らしいアドバイスをくれるかもしれない。


私はさっそく、相談したいことがあるとメールを打った。
数分と経たずに返事は返ってきて、今日文化祭の準備が終わったら会うことになった。







「香波~!こっちこっち!」


アキちゃんと初めて一緒にお茶したあのカフェに向かうと、私を呼ぶ明るい声が耳に届く。


慌てて学校から直行したおかげで待ち合わせ時間より少し前に着いたけど、アキちゃんは既に到着していて、窓際のテーブル席を陣取ってくれていた。


「すみません、アキちゃん!」


「全然いいよー!今日もお疲れ様!」


ぺこりと頭を下げると、アキちゃんが優しく椅子に座るように私に促した。


「さてさて、相沢くん関係のことかな?」


「ななな何でわかるんですか!」


アキちゃんはエスパーなのか。相変わらず鋭いです!


その通りなんだけど、突然相沢くんの名前が出てきたから少し動揺してしまう。


「どうしたの?あれからまた何かあった?」


アキちゃんの問いに、私は静かに首を横に振った。


「相沢くんとは何もないんです。ただ今日、相沢くん休みだったんですけど、野川先輩も休みで……そしたら柏木くんが『2人で会ってるんじゃないか』って……」


「まーた嫌なこと言ってきたのね!柏木って奴!」


自分の事のように口を尖らせて怒ってくれるアキちゃん。
そのことを嬉しく思いながら、話を続けた。