――ドクン。


心臓が嫌な音をたてた。


聞きたくない。聞きたくないよ。
だって、相沢くんが私のことを何とも思っていないのは、私が1番よくわかってる。
相沢くんは、私に野川先輩を重ねるぐらいだから、きっと先輩のことが……。


でも、そのことをこんな形では聞きたくない……!


「何でそうなるんだよ……。質問の意味がわかんねえ」


相沢くんの口から出たのは、はぐらかしたような答えだった。


ホッとしたような、寂しいような、変な気持ちが心に広がっていく。


柏木くんも、面白くなさそうに口を尖らせた。


「……ふーん。答えてくれないんだ。俺はてっきり香波ちゃんとは別の誰かを……」


「お前だって、本気で香波のことが好きなようには見えないけど」


柏木くんの言葉を遮って、相沢くんが言った。
それを聞いた瞬間、あくまで穏やかだった柏木くんの目の色が変わる。



「てめーには関係ねえだろ!!」



夏休み中の静かな廊下に、柏木くんの聞いたことのない怒声が響きわたる。
思わずびくりとした私に気付いたのか、柏木くんが「ごめん」と手を離してくれた。



「お前なんかに香波ちゃんは渡さねえからな」



そう残して、柏木くんはどこかへ歩いていってしまった。


柏木くん、どうしたんだろう……?


「香波。さっさとペンキ取りに行くぞ」


「あ……はいっ」


結局きちんと聞けなかったな……。
柏木くんが言ってた別の人っていうのも、野川先輩のことなのかな。


前を歩く相沢くんの背中が、いつもより遠く感じてしまった。