「……あるかもしれませんねぇ。」
ふっと、梨子は微笑む。
「だって、朔ちゃんは私の事を何も知らないでしょう?」
「……当たり前だろ。俺たちは出会ってから、まだ…。」
梨子は、俺の言葉を遮った。
「でも、私は知っているとしたら?」
「え?」
「私が、ずっと前から朔ちゃんを知っているとしたら?」
梨子は微笑む。
けれど、その眼差しには強いものがあった。
言葉を失う俺に、梨子は目を細めて笑った。
「なぁんてね。」
果たして悲しみだったのか、それとももっと別の感情だったのか…。
とにかく、俺は拳を握り締めた。
“本当”が見えないんだよ。
梨子が見えない。
様々な顔をした梨子が、俺の頭に浮かんでは消えていく。
梨子の言葉や表情、そこから何も読み取れないんだ。
結局、俺は、はぐらかされただけなんだろうか。
歯痒くて、身勝手な苛立ちさえ覚えていた。
「…梨子。」
……正直、口にしたくはなかった。
梨子の口から、言ってほしかった。