朗は、アイスの棒に縋りつくように残っていた最後の欠片を口にした。
止みかけの蝉の声の代わりに、カラスの鳴く声が辺りに響く。
まさに夕暮れ。
大きな太陽のお尻の部分が、地平線にかかろうとしていた。
「俺は何も持ってないよ。何も持ってないし、何も知らないんだ」
朗が、わたしを見ないまま呟いた。
それは妙に穏やかな声色で。
この過ごしにくい夏の空気には、どうにも似つかわしくなかった。
───何も知らない
僅かな間だけど、それにはわたしも気付いていた。
常識の通じない朗に、この短時間にどれだけ苦労させられたか。
でも、朗自身もわかっていたのだ。
自分が何も、知らないことを───
夕焼けに照らされて、オレンジに染まる横顔。
その涼しげな横顔は、一体何を見ているのだろうか。
わたしには、わからない。