わたしは地面に着けていた足を、片方だけペダルに乗せる。
前を向くと、緩く、どこまでも続く下り坂があった。
「わたしのほうが疲れてるよ。絶対」
「そうだな、ごめんな」
今にも消えてしまいそうな朗の声を聞きながら、わたしはペダルを踏み込む。
徐々に動いていく車輪。
それ以上はペダルを踏まないでも、もう止まることはない。
「でも、今から下り坂だから、あとちょっとだけ漕いであげる」
軽くブレーキを掛けた。
一瞬だけキッと悲鳴をあげてから、自転車はのんびりゆったりと坂道を進んでいく。
わたしたちを乗せて、まだ見えない遠くの町まで。
「ああ。よろしく頼む」
掠れた朗の声は、蝉の鳴き声に掻き消されながら、だけどわたしの耳にはちゃんと、届いていた。