「なんで、わたしが前なのかな」
ハンドルを握り、両足を地面に着け踏ん張りながら振り返る。
荷台に優雅に座る、朗が見える。
「だって俺、自転車乗れないんだよ」
「嘘だよ、そんなわけないじゃん。運転したくないだけでしょ」
「嘘じゃない、ほんとだ。運転は、まあ、したくはないけど」
のん気に笑う朗に、わたしは溜め息を吐くことしかできない。
うんざりだ。
電車賃を奢ってもらおうと考えていたはずなのに、なんでわたしが真夏の青い空の下、後ろに男を乗せて自転車を漕がなきゃいけないのか。
ああ、そっか。
あの「お前がいないとだめなんだ」は、こういう意味だったのか。
真横の楠にとまった蝉が、大きな声で鳴いている。
「……後で代わってもらうからね」
わたしは、いつも以上に強く、右足で重たいペダルを踏んだ。
ゆっくりと、古い自転車が進み始める。
「お、動いた」
後ろで朗が、嬉しそうに声を上げる。
もしかしてこいつ本当に自転車に乗れないのか、そう思いつつも、そんな思考はすぐ、真夏の炎天下に掻き消される。