「夏海」
漕ぎだそうとしたところで、お父さんに声を掛けられた。
振り返れば、ゆるりと笑って。
「後悔するなってのはなかなか難しい話だけど、後悔しないために何かをすることは、意外と簡単にできる」
お父さんは柔らかな口調で言い、そして、まるで小さな子どもをあやすみたいに、わたしの頭を撫でた。
「夏海、お前はお前の思うことをやればいい」
笑いかけるお父さんの表情は、見たこともないくらい穏やかで、不思議とわたしの心を落ち着かせる。
そうか、これが愛情なんだと、わたしは思う。
「頑張れよ」
お父さんがもう一度、わたしの髪をくしゃっと撫でた。
ゆっくりと離れていく掌。
でも確かに残っている、温もり。
「うん、行ってくるね。お父さん」
そしてわたしは、強くペダルを踏み込んだ。