一通り水で濡らすと、蛇口を閉め、持ってきた雑巾を手に取った。
ハンドルからスタンドまで、一粒の水滴も残さないように拭いていく。
汚れているところも、汚れていないところも、一カ所一カ所、丁寧に。
そのとき、リビングの奥で小さな物音がした。
振り返ると、開けっぱなしだった掃き出し窓の向こうに、思いもよらない人影を見つけた。
「え……お父さん?」
「ああ、夏海、おはよう」
大きな欠伸をしながら、お父さんはのそのそとこちらに向かって歩いてくる。
寝癖のついた髪に、いつものスーツ姿からは想像もつかないような古びたTシャツ姿。
どこからどう見たって、寝起きとわかる格好だ。
わたしは手を止め、そんなお父さんの姿を、瞬きすら忘れて見つめていた。