不思議だけど。
朗に呼ばれると、自分の名前が、自分の名前じゃないみたいに思えるんだ。
でも、確かにそれはわたしの名前で、それに気付いたとき、なぜだかとても、嬉しくなって。
「なに、朗」
応えると、朗はわたしに額を寄せたまま、ぎゅっと腕に力を込めた。
カーデ越しにも伝わる体温。
ひやりと冷たいそれは、だけどやっぱり、熱を与えて。
「よかった、夏海で」
それは、聞きとれないような小さな声。
それはもう、電信柱で鳴く蝉の声にすら、掻き消されてしまうような、声。
「一緒に来てくれたのが、夏海で、よかった」
だけど、わたしの耳には不思議と届く。
きっとそれに理由は、ひとつしかない。
きみの声だからだ。