トオルはわたしを大切にしてくれた。
その自覚は、ちゃんとあった。
初めてキスをしたときも、初めて一緒に寝た夜も。
震えていたのはわたしじゃなく、いつだってトオルのほうだった。
向こうは初めてじゃなかったはずなのに、なぜかわたしよりも緊張していて。
そんな彼を見てわたしが笑うと、恥ずかしそうに目を伏せて、でも一緒になって笑ってくれた。
大切だった、大好きだった。
ずっとずっと、このままでいられたらって。
何度も何度も願った。
愛されることを知らなかったら、傷付くこともなかったけれど。
愛されることがどれほど幸せか、気付くこともなかったんだろう。
母の背中を泣きながら見送ったあの日から、きっとずっと探してきたもの。
トオルの隣にいることで、わたしはようやく、それを見つけた。
世界がどれだけ綺麗か知った。
自分のじゃない温もりがどれだけ温かいか、知った。
今がどれだけ愛しいか、明日がどれだけ眩しいか。
ここがわたしの居場所だと、ここに、わたしも居ると。
ずっとずっと探してきたそれを、トオルがわたしにくれたんだ。
なのに、なんでだろう。
いつからか、きつく繋いだ手のひらが、ゆっくりと、ほどけてしまって。
きっとそれに、深い理由はなかったんだ。
過ぎていく時間が起こした、ただの、小さな変化。



