───誰かに愛されたいという気持ちが強かった。
それは小さい頃に、母がわたしを置いて、家を出て行ってしまってからのことだと思う。
小学校にも入る前のことだ。
もう、母の顔は思い出すこともできない。
だけどあの日、母が家を出て行ったあの日、母の華奢な背中に向かって何度も叫んだことは、今でも覚えている。
行かないで、喉の痛みも感じず、ただそう叫んで、でも、決して振り返ることのなかった母の背中を。
忘れることが、できなかった。
それから父は、ひとりで幼いわたしの世話をしてくれた。
まだまともに物事の分別もつかないような子供をひとりで育てることがどれほど大変か、それは分かっているつもりだ。
だからその苦労は理解したいし、育ててくれたことには多少なりとも感謝している。
だけど彼は、ただ“世話”をするだけで、わたしに関心を寄せることはなかった。
ねだれば洋服を買ってくれる、風邪を引けば病院に連れて行ってくれる、たまの休みには水族館へ遊びに行くこともあった。
だけどそれでも、認めたくはないほどに、彼がわたしの心に、触れてくることはなくて。
今思えば、それが母が家を出た原因だったのかもしれない。
他人に興味を持たず、いつだって、目を合わせようとはしない。
たったひとりの家族である父は、いなくなった母と同じように、わたしを愛してはくれなかった。



