「……出ないのか?」


ハッとして顔を上げた。

朗が、訝しげな表情でわたしを覗き込んでいる。


「あ……」

「電話だろ? 出ないでいいのかよ」

「え、うん……えっと……」


上手く言葉が出ず口ごもれば、朗は眉を寄せて、視線をわたしの手元へと移した。



「ト、オ、ル」



朗の口から出た言葉。

心臓がまた、嫌な音を立てる。


指先の震えは止まったけれど、手のひらにはじわりと汗が滲む。

噛み締めた唇は渇いている。

思い出した呼吸は震えている。



頭の中で、いつかの、誰かの声が、響いている。



───トオル



その名前を呼ぶ、自分の声が、響いている。