「ばあちゃん」
低く声を漏らした朗が、一歩だけ、おばあさんに寄り添うように足を踏み出した。
覗いて見たその表情は今までにないほどに真剣で、真っ直ぐに下ろした掌は、きつく握られていた。
「なあに、朗くん」
そして朗とは反対に、おばあさんはどこまでも柔らかな笑顔を浮かべている。
真夏の空気の中。
朝になり再び鳴き始めた蝉の声が、わたしたちを包み込んでいた。
「俺はばあちゃんのこと忘れない。絶対、何があっても、ずっと覚えてるから」
それは、伝える、と言うよりは、まるで自分自身に刻みつけているみたいだった。
今のこの瞬間を、この想いを、消さないように刻む誓い。
“何があっても覚えてる”
夏の暑さのせいか、空の青さのせいか。
それとも、そのときの朗の、苦しそうにも見える表情のせいか。
なんだかその言葉は、わたしの真ん中あたりを、小さくぎゅっと締めつけた。