「カナって井上先生のことまだ好きなの?」

「ほぇ?」

 そんな話だとは思わなかったので、気の抜けた返事を返してしまった。

「だから、井上先生のこと、まだ好き?」
少し苛立ったように菜穂が繰り返す。なんなんだ一体。

「今は好きでも嫌いでもない。ていうか、もともとあこがれてただけだし」

「今は、って言った?ねぇ、今は、って言ったよね」

「なに、こわいよ菜穂。どうしちゃったのよ」

 すると菜穂の怒ったような顔が一瞬ゆがんだかと思うと、みるみるうちに泣き顔に変わってゆく。そして、まるで子供みたいに泣き出してしまった。

 あまりの変わりようにオロオロして、フェンスに崩れてゆく菜穂をただ見ているだけしかできない。

「私・・・私・・・」

 菜穂が号泣しながら何かを言おうとしているが、子供のように泣いている菜穂を見て私は、
「私もこんなふうに泣けたらな」
などと、どうでもいいことを考えていた。