ぼんやりとした早朝の景色は、何故か余計に切なくさせた。
だけどバスを降りると、もっと肝心なことに気付いた。
「…住所メモった紙、忘れた」
「ええ!?」
夏だけど、さすがに早朝はひんやりとした空気が身を包む。
先だけ軽く巻いた髪がふわっと風に持ち上げられる。
そして妹の軽蔑の視線が、風よりも断然冷たく打ち当てられる。
「…っていうか、お姉ちゃん勢いで出てきたじゃん。そんなもんはなっから用意してなかったでしょ」
「あ、バレた?」
「全くもうっ」
香奈はバッグから、かなりデコっているケータイを取り出した。
そしてボタンを迷いなくピッ、ピッと押していく。
「…何するの?」
なんとなく不安に駆られて、聞いておいて正解だった。
香奈はケータイを耳に当てて、「決まってるでしょ。碧兄ちゃんに電話するの」と言い切った。