「よりによって山内に見つかっちゃったかぁ。
さすがの弟くんも、アレが相手じゃ厳しいわ。
捕まったら指導室行き――」
言いかけた言葉を、彼女はのみこんだ。
同時にあたしも、小さく息をのむ。
那智が、翔んだ。
先生から逃げるというよりは、翻弄するように
非常階段をかけ上ったかと思うと、速度を落とさず軽々と柵を飛び越えて。
ほぼ2階の高さから
ためらいもなく
那智は、宙に身を躍らせた。
「――…」
黒猫だ、まるで。
難なく地面に受け止められる、しなやかな両足。
そのままふり返らず、軽やかに走り去る後ろ姿の、風になびく黒い髪。
まぶしくて……
なのに、目がそらせない。
「あ……おいっ!」
しばし呆然と見ていた仲間たちも、那智のあとを追って次々に飛びおりていく。
先生があわてて階段を下りたときには、彼らの姿ははるか遠くに消えていた。