だけど。



「藍ちゃん……おかえり」



遠慮がちなその声に、運悪く止められてしまった。


から揚げの匂いにつられて台所を見ると、テーブルの上にあたしの食器が用意されていた。



「……ご飯いらないって、いつも言ってんじゃん」



あたしは低くつぶやき、食器を棚に戻していく。



「でも、少しは食べなきゃ……」


「いらないってば」



強い口調で言い放つと、おばさんの表情が硬直した。


イラつく。その恐縮しきった態度。必死の気遣い。


でも、あたしは知ってるんだ。


リビングの本棚の奥に、すでに記入済みの婚姻届があることを。


お父さんが出張から帰ってきたら、それを堂々とあたしたちに突きつける気だということを。