「那……」
とっさに声が出なかった。
床に崩れ、熊野くんに両肩を支えられた状態のあたし。
転んだせいとはいえ、こんなところを那智に見られるなんて。
ドアの前で突っ立っている女子を押しのけて、那智が準備室に入ってくる。
精巧につくられた人形のような顔に、表情はない。
あたしの前でぴたりと止まる、那智の足。
そして、すっと降りてきた手。
「……え?」
差し伸べてくれてるの?
そう思い、その手を取ろうとした次の瞬間だ。
熊野くんの体が勢いをつけて、斜め上へ引っぱり上げられた。
「那智っ……!」
手はあたしに差し出されたものではなかった。
熊野くんの学ランのえりを力任せにつかんだ那智が、彼を引きずって準備室を出て行く。