ベンチから立ち上がったあたしを、斗馬くんは思いきったように抱きよせ、
そして、唇を近づけた。
あたしはとっさに顔をそむけた。
「……藍……」
戸惑いがハッキリにじんだ声。
あたしも自分に戸惑ってしまう。
このキスは絶対に、受け入れる“べき”だったのに……。
「ごめん。風邪、うつしたくないから」
見えすいた言い訳だけど、それが精いっぱいだった。
「あぁ……俺こそごめん」
斗馬くんは嘘に付き合ってくれた。
アパートの前まで送ってくれた斗馬くんは
電気がついていない部屋の窓を見上げて、あたしの頭をポンとなでた。
「何かあったら、すぐに俺に電話しろよ?
藍の緊急連絡先なんだから」
優しい声に、泣きそうになった。