「いらっしゃいませ。……あの本、見つかりましたか?」
「いいえ、まだ」
と、落ち着いた笑みで答えるこのお客さんは、
以前あたしに「タイトルがわからない本を探してほしい」と声をかけてきた中年男性。
「あの、実はあれから他のバイトの子が調べてくれて、タイトルがわかったんです。
もしよければ、棚をご案内しましょうか?」
「そうですか。ぜひ」
あたしは棚まで男性を案内し、彼が探していた本を出して手渡した。
「たぶん、こちらに収録されてる短編小説だと思います」
「……ありがとう」
受け取った男性は本を見つめながら、噛みしめるように言った。
「ここの店員さんは親切なんですね」
「いえ、そんな」
「どうもありがとう。
――藍さん」
……え?