「誰?」
我ながら、間の抜けた質問をしたと思う。
誰、なんて。
あの人以外いるわけないのに。
あたしはベッドのすぐ横の壁に耳をすませた。
やっぱり聞こえてくる物音。
こんな薄い壁一枚で隔てた空間で、ふたりは暮らしているんだ。
「……お姉さん、帰ってきたみたいだね。……じゃ、あたしも、そろそろ帰るね」
重い体を起こそうとして、
だけど寸前で止めた。
あたしの目の前で、壁を殴りつけるように伸びた那智の腕。
指にはさんでいたタバコの火が、壁に押し付けられ、ジュ…と音を立てて消える。
「何してんのっ」
あたしはあわてて壁についたタバコの灰を手で払った。
だけど壁紙の焦げは拭えず、くっきりと暗灰色の跡が残る。