玄関を開けた彼は、洗面所の水道で血を洗い流すと、

廊下に並んだふたつの扉の左側を開け、あたしを中に押しこんだ。


初めて入る、那智のプライベートな空間。


が、ゆっくりと部屋の中を見ることもできなかった。


ドアを閉めた瞬間

電気すら点けず、那智が唇を押し当ててきたから。



初めての那智からのキス。


だけどその強引すぎる行為に、喜びじゃなく恐怖が沸き起こる。


絶望、と言ってもいいかもしれない。



頭の後ろと背中を押さえられて体が動かず、目尻に涙がにじんだ。



あたしはわかっていた。


初めて部屋に入れてくれたのも

初めて那智からキスしてくれたのも


あたしのためじゃない。


那智は今、

あたしを見ていない。