桃崎藍。彼女はとにかく謎だらけの女の子だ。
毎日顔を合わせているのに、生活感というものが感じられない。
どんな音楽が好きで、どんな部屋に住んで、どんな子供時代を過ごしたのか。
想像すらできないのだ。
が、その日のバイト中
俺は彼女に関することを、新たにひとつ知ることができた。
「実は……あの人が探してた本、あたしも子どものころに読んだことがあったの」
ひとりの男性客が帰ったあと、彼女が言った言葉。
「タイトルとか全部忘れちゃったんだけど、内容がすごく印象に残ってて」
「じゃあ、桃崎さんの思い出の本だったんだ?」
“思い出”なんてクサイ言い方が臆面もなく出たのは、本について語る彼女の瞳が、どこか真剣だったから。
だけど彼女はうなずくと、そのまま口を閉ざしてしまった。



