エプロンのひもをキュッと結び、俺は湯川の目を見つめ返す。
「そうか?」
「付き合ってるって噂もあるし」
「俺と桃崎さんが?」
まさか、と笑うと、湯川は俺に人さし指を突きつけた。
「ほら、お前だけ姫のこと名前で呼んでんじゃん」
「本人が“姫は嫌だ”って言ったんだよ。つーか名前っていっても苗字だし」
この程度のことで噂になるなんて、普段の彼女がいかに他人と壁を作っているか窺える。
桃崎藍――俺たちのバイト仲間で、高校のクラスメイト。
その場にいるだけで人目をひく美人なのに
その反面、一瞬でも目を離せば消えてしまいそうな儚ささえ感じさせる女の子――
「……簡単に付き合えるような女じゃねぇよなー…」
周りに聞こえないボリュームで、俺の口から独り言がもれた。