「本を探してるんだけど、タイトルがわからないんです」
「内容はご存じですか?」
「はい。たしか古い小説で…
“人間の瞳には、美しい風景が詰まってる”
そんな文章があった気がします」
あたしの営業スマイルは、完全に崩れてしまった。
うらはらに、男性客は穏やかに微笑み続けている。
――『知ってる? 人間の目ってね、それまでに見たモノを、蓄えることができるんだって』
あの夏の夜の会話。
幼い日の記憶が、フラッシュバックのようによみがえった。
――『何やねん、それ』
――『こないだ図書館で読んだ小説に、そう書いてたの。
キレイな物とか風景を見たら、それを瞳の底に残しておくことができるんだって。
那智の瞳の底にもさ、キレイな風景がいっぱい詰まってるんだよ、きっと』