キスされたことがショックだったんじゃない。


あんなにも簡単にできるということが、ショックだった。



那智を失ってもあたしの体はここに在る。

これからも在り続ける。



他の人とキスしたり、触れたり、

那智じゃなきゃダメだと思っていたことが、あんな簡単にできてしまうんだ。





ぐんぐんペダルをこぐと、冷たい風が唇を乾かしていった。


前方にアパートが見えてきて、あたしは速度を落とした。


制服のそでで、唇をぬぐう。

那智じゃない人のキスの痕跡を消すように。


そんな自分にあきれて笑ってしまった。



――『それ、俺のや。勝手に触んな』



あの時間はもう、戻らない。

あたしはもう那智のものじゃない。