「……那智くん」



払われた右手を宙に浮かせたまま、驚愕の表情をにじませるお父さん。


那智は、あたしの隣からお父さんを見上げ

そして冷やかに笑った。



「那智……?」



その表情を見たとき、あたしはハッとした。


もしかして那智。

お父さんが今日帰ってくること、分かってた?



分かっていて
わざとキスを……



「なぁ、おじさん」



大人さえ圧倒するような、ひどく落ち着き払った声。


那智はあたしを抱き寄せ

そして自分のモノだということを見せつけるように、両腕にきつく力をこめた。




「あんたにオカンをやるから


「え?」



「藍は、俺にくれよ」






那智とあたし以外に
何もない世界を


このとき、一瞬だけ

たしかに見たんだ。