「那智……」 名前を呼ぶと、さらに深いキスが返ってきた。 あたしは那智の首のうしろに腕を回し、そのくちづけに没頭した。 那智しか見えてなかった。 那智の声しか聞こえなかった。 那智の存在しか、今は感じられなかった。 ――だから。 気づかなかったんだ。 アパートの外で響いた車の音。 そして、廊下を歩く足音に。 「……藍?」 10日ぶりのその声に名前を呼ばれ、顔を上げたあたしが見たものは ドアの前で、青い顔をして立ち尽くす お父さんの姿だった。