「今日は泣かれてばっかりだ」

 ちえ、と子供らしい舌打ちをして、また缶をべこっと押しつぶす。「幸登、くんも、なにかあったの?」と問いかけると「まあな」と少ししょげた顔をした。

「彼女に振られた」
「え! 彼女いたの?」
「そんな驚くことじゃねえだろ、初対面なのに失礼なやつだなお前」

 思ったよりも大きな声を出してしまった。口をぱっと手で押さえたけれど、今更だ。でも、幸登に彼女がいたなんて知らなかったから。

「まあいいけど。どーせ振られたし。ってかなんで振る方の女が泣くのかわかんねえよなあ」
「……なんで、振られたの?」
「知らねえよ。なんか大事にされたいとか、好かれてるかどうかわかんないっつって。しかも『別れる』って言うから『わかった』って言ったのに『なんで引き止めないのか』って怒られるとかマジでわかんねえ」

 きっとその彼女は、幸登にもっと見てもらいたかったんだろう。本気で別れるつもりはなかったのかもしれない。

引き止めて、好きだって言われて、抱きしめて欲しかったのかもしれない。

 乙女心をわかっていないだろう彼に、それっぽく伝えてみると「はあ?」と顔をしかめられた。

「俺、駆け引きされんの嫌いなんだよなあ」

 確かに、彼はそういうのを考えるのも、付き合わされるのも苦手そうだ。

こうして話していると幸登はただ、単純なだけなのかもしれない。だから、人の感情を察することができないのだろう。とはいえ、空気が読めないというわけではないけれど。

「もっと、優しくすればよかった、とか思わないの?」
「思わないこともないけど、それとこれとは別だろ。もう優しくしたって意味ねえし」
「でも、彼女が望むようなことをできていれば、振られなかったんだよ?」
「ああー、まあ、そうかもしんねーけど。でも無理だわ想像できねえ。なんか違う理由で同じようなこと言い出しそうだし」

 そう言われると、確かに、そうかもしれない、と思えてくるし、そうでもないような気もするし、よくわからなくなってきた。

取り敢えず彼が今、彼女と付き合っていたことに対してはなんの後悔もないのだろうと思う。

時々ふっと沈んだ表情になるのは、嫌いになったわけじゃないからだろう。