坂道を下りきった突き当りに、セイちゃんの住むマンションがあった。
わたしが小学生に上がる前に出来たこのマンションは、同年代のこどもがたくさんいる。ただ、大学に進む頃になるとひとりだちをし始めて、平均年齢はぐっと上がったと、以前母が言っていた。今はまだ子どもたちのはしゃぐ声がいろんなところから聞こえてくる。
エントランスでセイちゃんの家の部屋番号を押すと、「はあい」とおばさんが明るい声で、わたしが名乗るよりも前に自動ドアを解錠した。
エレベーターに乗り込んで、部屋を目指して廊下を歩く。
今まで、海外よりも宇宙よりも遠い存在だった。けれど、一五歳のわたしはたった数十分で足を運ぶことが出来る。
もしも、二〇歳のわたしがここにやってきたら、どうなっていたんだろう。
「いらっしゃーい!」
おばさんが出迎えてくれて、すぐにセイちゃんが自分の部屋から出てきた。玄関を入ってすぐ右手のドアが、セイちゃんの部屋。顔を出したセイちゃんは「やっほう」とわたしを部屋に引き連れて行く。
「鼻真っ赤だよー寒かったんじゃない?」
「でも今日はちょっとマシだよ」
コートを脱ぎながら、敷かれたクッションに腰を下ろす。ピンクの丸いクッション。すぐにおばさんがやってきて、真ん中の丸いテーブルにわたしとセイちゃんのために淹れてくれた紅茶を置いていった。
ドアの隙間から、黒いフレンチブルドックがのそのそと入ってくる。
「ごめんね、おばさん今日出かける用事があってね。パパもゴルフだし、なにも出来ないけど、好きにしていいから! ゆっくりしていってね!」
「はい、ありがとうございます」
趣味のフラダンスだよ、とセイちゃんがぷすす、と笑いながら耳打ちした。
おばさんは恥ずかしそうに「もう!」とセイちゃんに文句を言いながら「ごめんねー」と慌ただしく家を出て行く。バタンとドアが閉まったと思ったら、がちゃりと鍵が締まった。
「あーもう、やっと解放されたよー受験から!」
「あはは、お疲れ様」
「ほんっと、終わったー遊ぶぞーと思ったら卒業だもん、やんなっちゃう」
ぐびぐびと紅茶を飲み干して、まるでビールを飲んだあとのように「ぷはー!」とする。二十歳のセイちゃんは、きっとこんなふうにお酒を呑むんだろうな。
わたし、そんなセイちゃんと一緒に過ごしたいと思うよ。奈良で、新しいお店を探索して、美味しいお酒を飲んで、くだらないことで笑い合いたいんだ。