慌ただしいわたしを見て、母に「ったく、用事があるなら言えば起こしたのに」ブツブツと言われてしまったけれど、まさか寝坊するとはわたしだって思っていなかったのだ。
十二時に待ち合わせだけれど、遅れる可能性もあるからもう一本前のバスには乗り込みたい。となると、家をでるのは三十五分だ。残り二十分しかない。
取り敢えず顔を洗って寝ぐせ直しのヘアスプレーをふりまくってからドライヤーでなんとか落ち着かせた。
ただぼあっと膨らんでいるのでヘアアイロンをしない代わりに姉のワックスを勝手に拝借する。
これでなんとかまとまって見える。
そのまま走って部屋に戻り、昨日選んだ服を手にして袖や脚を通していく。借りたカバンに財布とハンカチ、ティッシュ、定期入れを放り投げて肩にかけた。
残りあと五分弱。思ったよりも髪型で時間を食ってしまった。
えーっとえーっと、と部屋の中を見渡して、姿見で自分の全身を確認する。
よし、と足を踏み出しかけて、顔にもしていないことを思い出した。とはいえ今から姉に化粧の相談なんてしていたら間に合わない。
少しくらいなにか化粧品があるだろうと棚や引き出しを探ると、グロスが出てきた。
肌は二十歳の頃に比べたらつやつやだから必要ないだろうし、この顔でマスカラやアイシャドーもアンバランスになるからこのくらいでちょうどいい、と無理やり納得させて軽く塗りつける。
鏡を見てぷるんとした唇を確認してやっと家をでることが出来た。
バス停まで走ると、寒さもどこかに飛んでいって、ちょうどいいタイミングでやってきた明日にぜえぜえと息を乱しながら乗り込んだ。
あとほんの少しでも家をでるのが遅れていたら間に合わなかっただろう。
はあーっと深呼吸をしながら一番後ろの席に座った。休日の午前中だからか、あまり乗客はいない。そのかわり、道が混んでいてスピードはひどく遅かった。けれど、あとはもう身を任せるしかない。
指先が素のままであることに気がついて、こんなことなら昨日の夜に姉にマニキュアを塗ってもらえばよかった、と後悔する。
ああ、もう本当になんで寝坊してしまったのだろう。もっとちゃんと用意して、準備万端で出かけたかったのに。