「ど、どうしたの?」
「ちょ、ちょっと、待って」
肩で息をしながら、白いTシャツをめくり上げて顔を拭いた。
その仕草が、中学生のかわいらしさと男らしさの溶け合った不思議な魅力を放つ。シャツの下から覗く肌は、汗をかいたこともあって艶があり、割れた腹筋が幼い顔立ちとのギャップを与える。
思わず胸が跳ねて、目をそらした。
飛び跳ねて制御出来ない胸を握りしめて抑えるように、Tシャツをぎゅっと掴んだ。
「明日、さ。暇?」
「……え?」
思いもよらない質問に顔を上げると、代わりに彼がさっと視線を外した。
「い、妹がもうすぐ誕生日で、あげたらいいかわかんねえから、一緒に探してほしいなあ、なんて」
妹か、そうか、そういえばいたっけなあ、と考えながら聞いていると、終盤に耳を疑うような発言が飛び出して、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
今坂くんは最後にちらりとわたしの様子を伺うように瞥見した。頬がほんのりとピンク色に染まっている。けれど、それ以上に耳元が夕日みたいに赤い。
か、かわいい。
口をあんぐりと開けて、呆然としてしまったけれど、彼の問いかけるような視線に慌ててこくこくと頷いた。
髪の毛を振り乱しながら無言で了解を示すわたしに、「ふは」と今坂くんが笑う。
今度はさっきよりも少し大人っぽい優しい雰囲気。ころころと印象が変わる彼の表情に惹きつけられてしまう。
「十二時に学園前でいい?」
「うん、うん」
「頷きすぎ」
じゃあ、と少し照れくさそうにはにかんで友だちのところに駆け寄って行く今坂くんの背中を見送りながら、頬に手を当てた。自分でも分かるくらいに顔があつい。
試合で優勝することができた。
今坂くんからの誘いを受けた。
五年前の今日とは違う。それは、わたしが行動をしたからだ。あのとき、できなかったことを選べているから。
あとは、セイちゃんとの関係だけだ。
明日は今坂くんと出かけることになったから、日曜日にセイちゃんに会いに行こう。今日の夜に電話して約束をしておこう。
心にそっとメモをして、明るい気持ちで教室に戻った。
一足先に着替えて紗耶香を待っていると、バタバタと教室の中からでも誰かが走っている音が聞こえる。ふと顔を上げると、赤面した紗耶香がはあはあと息を切らせていた。
「ど、どうだったの?」
「わ、わかんないけど、言った、言ったよわたし」
へなへなと腰を抜かしたのかわたしの手をとってその場にしゃがみ込む。
両手を顔の前に持ってきて「緊張したあ」と泣きそうな顔で告げた。全力疾走で言い逃げしたのだろう、髪の毛はぐちゃぐちゃに乱れていて、顔も汗だくでテカっている。
それでも、かわいい、と思った。今まで見たどの紗耶香よりも、眩しいくらいにかわいかった。
目が合うと、へにゃっと笑う、その笑顔も。
わたしも、こんなふうにかわいくなりたいな。