「そういえばバイト先の残り物のケーキもらったけど食べる?」
「いや、いらねえ。あとで食うわ」
あとで、という返事で今日は朝までゲームをするんだろうなと思った。
「さっみ」と言いながらベランダに置いてある灰皿に煙草を押し付け、再び座ってコントローラーを手にしてヘッドフォンをつける。数日前にネットで買った新しいゲームが相当面白かったのだろう。
マグカップを両手で包み込むようにしてちびちびと飲んでいる間に、幸登はすっかりゲームの世界に入ってしまった。
「今日バイトの後輩がね」
話しかけても彼には聞こえない。振り返ることもない。彼の少しつり上がった瞳には、主人公が敵をなぎ倒す姿しか映っていない。
――今日、バイトの後輩が彼氏と神戸の美味しいケーキ屋に行ったんだって。すごく美味しかったんだって。店に入るまで一時間以上待ったらしいけど、それだけの価値があるってすごく興奮してたよ。ねえ、今度一緒に行かない?
――お客さんでね、七〇歳は過ぎてるだろうおじいさんなんだけどね、小さなホールケーキを買って、プレート付けますか?って聞いたら『金婚記念日おめでとう』って書いてくれないか?って言われたんだよ。素敵だよね。
帰ったら話そうと思っていた内容を、心のなかで彼に告げる。もちろん聞こえるはずはないし振り返ってくれるわけもない。
「先寝るね」
すっくと立ち上がり、聞こえないとわかっていても取り敢えず声をかけた。幸登が振り返ったのは、わたしの言葉が聞こえたわけではなく立ち上がったことに気づいたからだろう。ヘッドフォンを少しだけずらす。
「なに?」
「寝る、おやすみ」
「おう、おやすみ」
ひらひらと手を振ってシンクに洗い物を置いてからベッドに横になった。寝室のドアを締めて電気を消すと視界は真っ暗になり、彼が夢中になっているゲームの音が僅かに聞こえてくる。