深夜の冷たい風が頬に刺さる。
胸元まである髪の毛を踊らせ、寒い、寒い、とマフラーの中で何度もぼやき駅からマンションまでを早足で歩いた。手にしている紙袋が暴れないようにしっかりと抱える。
三月に入ったばかりでそろそろ春を感じる頃だろうと思っていたのに、今日から大寒波がやってきたらしい。
ヒートテックにロンTにニットの三枚重ねにコートを羽織って、足許はレギンスにガウチョパンツという完全防御にもかかわらず、ちっとも暖かくない。深夜一〇時を過ぎると寒さは昼間の何倍にも感じる。
エントランスに逃げ込んで、漸く肩の力を抜いた。風がないだけでほっとする。
ポストから郵便を取り出しエレベーターの中で『大塚 千夏』宛のものとそうでないものを分けて、チラシは降りたところに置かれているごみ箱に入れた。
「ただいまぁ」
鍵を開けて部屋の中に入ると、今日一日、一度も窓を開けずに長時間暖房をつけていたのだろう、むあっとしたこもった空気が充満していた。
リビングにはヘッドフォンをしてゲームのコントローラーを握りしめながらテレビを睨みつけている彼――幸登(ゆきと)の姿。わたしが帰って来たことに全く気がついていない。
カバンをおろして傍に近づくと、彼はちらりとわたしに視線を向けて「おかえり」と言いながら再び画面を見つめた。
彼がヘッドフォンを外してわたしの顔をちゃんと見たのは、立ちっぱなしで浮腫んだ脚と冷えた体を温めるために浴槽にお湯を張り、ゆっくり浸かった後だった。
「あ、俺、明日飲みに行くから帰り遅くなる」
カフェラテを飲むためにキッチンでお湯を沸かしていると、幸登が煙草を吸うためにベランダを開けながら話しかけてきた。ひゅう、と空気を切る風の音が聞こえてきて、彼の少し長めの黒髪が乱れる。
「そうなの? わたし明日から実家に帰っていないよ」
「そうだっけ? まあそういうことで」
マグカップにお湯を注いでソファに腰を下ろして「誰と?」とさり気なく問いかけた。
「バイトの送別会」
紫煙を吐き出しながら彼が答える。わたしのバイト先も先週送別会があった。この時期はなにかと飲み会が増える。
温まった体に冷えた風が少し気持ちよかった。部屋のこもった空気も吹き飛ばしてくれる。煙草の煙が部屋の中に入ってくるのが気に入らないけれど、寒い中部屋の中で吸わずにいてくれるから文句は言わなかった。