担任が教室に入ってきて、簡単に出席をとるとそれ以上用事がないのかすぐに教室を出て行った。


「大丈夫か、大塚」
「え? あ、うん」
「体調悪いなら保健室行くか? オレ先生に言っといてやるけど」

 本気で心配しないでほしい。嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちと、後ろめたい気持ちが混ざり合ってうまく表情を作れない。

「どうした?」と覗きこまれた顔が、思いの外近くにあって、顔が赤面してしまった。やばい、と反射的に手で隠したけれど間に合わなかったらしく「風邪?」と問われた。

「だ、大丈夫! 寝不足、かな!」
「無理すんなよー」

 あははは、と笑って誤魔化すと、彼はそれ以上なにも言わなかった。ただ、席を立ってわたしのショートカットの頭をぽんっと撫でるように優しく叩く。


 相手は、中学生の男の子だっていうのに、わたしはなんでこんなに同様しているんだろう。まるで、今も彼に恋をしているみたいに、鼓動が激しい。こんな風にドギマギするなんて、何年ぶりだろう。

 ちらりと彼の背中に視線を送ると、すでに何人かの友だちに囲まれて笑っていた。

 いつも、輪の中心にいるような男の子。大きな声で冗談を言ったり騒いだりするわけじゃないのに、いつもクラスの中心にいる。中学生男子にありがちな、人を馬鹿にして笑ったり悪ぶるようなところもなく、女の子にも優しく接してくれた。

 クラスで会議があるとき、彼がさり気なくいつもまとめてくれた。計画的で、現実的で、冷静にいろんなことを分析して考えて行動に移す。中学三年で、体育祭で優勝できたのも、合唱コンクールで金賞が取れたのも、彼がクラスにいてくれたからじゃないだろうか。


 いつから、どうして好きになったのかわからない。ダメだって何度も思ったけれど気がつけばもうどうしようもないほど好きになっていたんだ。


 笑顔を見れば嬉しくて。
 話しかけてもらえたら一日幸せで。
 隣の席になれた時は学校に行くのが大好きになって。


 全て過去のものだと思っていた。思い出になっていたはずだった。

 けれど、今、わたしの胸は確実に彼に占領されている。意識が常に、彼に向いてしまう。


 もしも、もしも。


 忘れられなかった過去を、今、やり直すことが出来るのだとしたら――告げることが出来なかった思いを言葉にすることができれば、誰も傷付けることなく、笑って卒業式を迎えることができれば、払拭できない後悔を解消できれば――五年後は変化しているのだろうか。