「うーっす」
後ろのドアから聞こえてきた低い声に、ぐらりと体が傾いた、気がした。平衡感覚が失われていく。机に手をおいて、倒れないように踏ん張りながら振り返る。
一七〇を超える身長、短い髪の毛は立てられていて、一重の目元。マフラーをぐるぐるに巻いていて、紺色の短いピーコートを着ている。コートを脱ぐと、ブレザーの下から白いシャツが飛び出ていた。
今坂くん、だ。
まっすぐにわたしの方に向かって歩いてくる。途中で欠伸をして目元が潤んでいた。すれ違うクラスメイトと挨拶を交わし、わたしのとなりの席に背負っていた黒色のリュックを置いた。
「おす。どうした、顔色悪いな、大塚」
「お、おは、よう」
声が、震える。
心臓が今までにないほどの速さで伸縮していて息苦しさを感じた。「まだ寝てんの?」と笑われたけれど、それが余計に胸を苦しくさせる。
「今坂、今日もギリギリじゃんー」
「うっせ。間に合ってるし。ギリギリは遅刻じゃねえだろー。オレは約束と時間は守るんだよ」
今坂くんだ、今坂くんの、口癖だ。
呆然とするわたしの傍を、前の席に戻るセイちゃんが通り過ぎて、ついでに今坂くんに声をかけた。彼は笑顔でそれに答えている。嬉しそうな、楽しそうなセイちゃんの微笑みをみて、思わず目をそらした。
今坂くん。わたしの、好きだった人。
そして、セイちゃんの、好きな人。