すっくと立ち上がり、それ以上口を開くことなく寝室に入る。「ちな?」と呼びかけるのが聞こえたけれど、無視をした。


 ――『オレは約束は守る男だからなー』


 懐かしい声が聞こえた気がした。目を閉じると瞼の裏に眩しいほどの明るい笑顔と、あの口癖。あの人は、そんな勢いでの約束でさえも、いつも全力で挑んで真実にする、そんな人だった。

 幸登とは、根本的に考え方が違うのだろう。
 比べたって仕方ない。わかっていたことだ。

 けれど、けれど。


 デニムとニットに着替えて上からコートを羽織る。大きめの布生地のリュックに数日分の着替えとスマホの充電器、化粧道具を入れた。当初の予定よりもずしりと重いそれを背負って部屋を出る。

「じゃあ、帰る」
「おう、気をつけて」

 こちらを向いた幸登の表情は、わたしの気持ちを全く察していない、いつも通りのものだった。


 ◇


 一時半頃に地元の学園前につき、駅前のカフェでしばらくひとりでお茶をしてから家に帰った。半年ぶりくらいに見た母は、また少し白髪が増えていて、脂肪を溜め込んでいる体型になっている。

 紗耶香との待ち合わせまでまだ時間はある。リビングのこたつに全身を隠すしてぬくぬくと過ごした。

 やっぱりこたつほしいなあ、と思いながら母がハマっているドラマだとか、最近話題の芸能ニュースの話に耳を傾けて時間を潰した。途中、母から「もうすぐ就職活動ね」なんてテンションの下がる話題も上がる。思い出させないで欲しい。ただでさえ就職率の微妙な芸大生なのだ。

 イラストレーターになるには時間のある今でさえ絵を書いていないわたしには厳しいだろう。こんなことなら暇な一、二年の間に精力的になにかを作ればよかった。

かといってデザイナーになるほどデザインが得意なわけでもない。そもそも絵を書くのが好きだから、なんて理由で芸大に入ったことが間違いだったのかもしれない。

学生時代にもっと勉強をして、一般的な大学を目指したほうがよかったんじゃないだろうかと、先輩たちが就職に苦しんでいる姿を見ていると思ったりする。


 やる気のないわたしの空返事に母の小言が増え始めると、待ち合わせにちょうどいい時間になった。

 そそくさと逃げるように外出し、バスに乗り込んで約一〇分で学園前駅に着いた。