「ちなー、セイちゃんが来たわよー!」


 まさか、と思うよりも前に、母がわたしを呼びつけた。

 なんで、セイちゃんが。なんで今日、迎えに来たの。だって、来ないはずだ。五年前は来なかった。だから今回も、きっと来ないと思っていた。

 ふらふらと、壁に手をつきながら階段を降りて靴をはく。

「今日は背筋伸ばしてね! お母さんとお父さん見てるんだから!」と母がブレザーの襟を正した。その上からコートを羽織る。まるで魔法みたいに、べたべたに濡れていた靴もすっかり乾いていた。

 門の前には、いつもどおりのセイちゃんがわたしを待っている。お団子頭に、前髪はお揃いのヘアピン。今日のわたしとお揃いの、色違いの、ストライプのヘアピン。

「おはよう、ちな」
「ど、して?」

 昨日とは全く違った温かい笑顔が、信じられない。

 泣きそうになってしまうのを堪えながら問うと、セイちゃんは少し困ったように眉を寄せた。けれど、口元は優しい笑みを浮かべている。


 最後の日。セイちゃんとまた歩いて学校に向かっているなんて。

話したいことはたくさんあるのに、口を開けば一緒に涙がぼとぼと落ちそうな気がして、無言だった。せっかくセイちゃんが来てくれたのに。話したいことはたくさんあるのに。

 このまま今日を終えてしまったら、わたしはまた悔やむことになるかもしれないのに。

 それでも、ただ、歩くだけ。

 ふたりの口元から、冬の終わりを告げるようなさみしげな白い吐息だけが間にあった。

いつもよりも道には人が少ないような気がする。静かで、今にも壊れてしまいそうな、そんな危うさを含んだ、とびきりきれいな世界があった。

「今日で、終わりだね」

 公園の脇に差し掛かったところで、セイちゃんが独りごちる。

「そう、だね」

 まだ、桜は咲きそうにない。微かな赤みを枝の先に付けているけれど、それは余計に寒そうに見えた。