隣に腰掛けた幸登はライトグリーンのマグカップに手を伸ばしながら、もう片方の手でゲーム機のコントローラーを掴んだ。

起きて早速始めるつもりらしい。

ゲームがこの世から消えたら彼は暇すぎて干からびてしまうんじゃないだろうか。

「お前いつまで実家いんの?」
「二泊かなあ。明後日お姉ちゃんも帰ってくるみたいだから、家族でご飯して次の日帰るかなあ。幸登も帰るんでしょ?」
「適当に、来週、再来週くらい?」

 わたしに聞かれても知らないし。なんでいつもちゃんと決めないんだろう。

 幸登はいつだってそうだ。計画性というものがない。いつだって行き当たりばったり。決めたことでも気分が乗らなければなかったことにしてしまうこともある。

 ただ、そんなことに今更文句を言っても治らないのはわかっている。


「まあいいけど……再来週の金曜日には帰って来てね」
「え? なんで?」

 操作する手を止めて幸登がきょとんとした顔をわたしに向けた。それを見て今度はわたしが目を丸くする。

 なんで、って。


「約束したの忘れたの? 観たい映画の公開日だから一緒に難波に行こうって話したじゃん、先週。幸登が美味しいって言ってたスペイン料理食べて帰ろうって」
「あーそうだっけ」


 完全に忘れていたのだろう。しかも悪びれた様子もなく「いつでもいいじゃん別に」とあっさり口にした。ごめん、の一言もなく『いいじゃん別に』とあっけらかんと言える彼に開いた口がふさがらない。


「よくないんだけど。その日までに実家から帰ってくればいいだけでしょ、決まってるわけじゃないんだから合わせてくれればいいじゃない」
「地元の飲み会がいつになるかわかんねーんだもん」
「わたしのほうが先約じゃない。楽しみにしてたのに」


 怒りの篭った口調に、幸登が眉間に皺を寄せた。鬱陶しいなあ、面倒くさいなあ、と思っている顔。


「一緒に住んでるんだから、そんなのいつだっていいじゃん」


 そりゃ、そうだけれど。週末である必要はないかもしれない。一週間ずらせばいいだけだ。地元にはその時しか会えない友達もいるだろう。

 でも、それじゃあ、いつ出かけられるの?

 お互いバイトばかりで一日ふたりで過ごすなんて、何ヶ月もしていない。約束しないと、スケジュールを合わせないと叶わないのをわかっているから、前もって話をしていた。なのに。

 ああ、人はこんなふうに慣れて、忘れていってしまうんだ。


「……わかった」

 全然わかってないけれど、納得していないけれど、幸登の気持ちはわかった。

「こんなことなら、同棲なんかしなきゃよかった」

 唇に歯を立てながらぽつりと呟く。多分彼には聞こえなかっただろう。


 こんな蔑ろにされるなら、一緒に暮らすなんてやめておけばよかった。こんな悲しい気持ちになるくらいなら、約束なんてしなければよかった。こんなに自分勝手な男だと知っていたら、付き合ってなかった。好きになんてならなかった。